第二章 『獅子』獅子は仮面より弱い
2-1
八月十三日。東京は今日も
森に向かうバスの中に
このバスだけじゃない、東京からふたりは
透は他のメンバーと何時間も同じ車に乗るのを
電車の中でふたりはあまり昔の話はしなかった。今どうしているだの、大学ではどの授業が
お
(そういえば、昔は
透は
やがて森が近くなってくる
透は
消えてしまった「あの少女」の名前を出すのがまるで
(
今ここで瑠璃にあの少女の話をすることはできなくても、空が自分のことをどう思っているのか、もう少しだけ聞き出すことはできないだろうか、と。
「あのさ……」
「うん?」
「あの時のことで、あいつは──」
バスが
ここからバスは折り返して、もう今日はこれから駅へ向かう手段はない。自分の車で来ているのならともかく、
簡単に戻ることはできない──。
何もない道を走っていくバスを見送る透。その事実に少しだけ足が
まるでそれが自分を責めているような声に感じた。
あの子を殺したのはお前だと、ここに何をしに来たのだと。
「透くん」
「あ……」
「
軽く
(大丈夫だ、リーダー)
昔の瑠璃は何か決断をする時にそう言って肩を叩いてくれた。あの時と、自分たちはどちらも姿や人に対する態度も変わった。
透は目立つことを極力避け、内向的になり人と親しくなることを
だけど仲間だ。昔のことに関して何も言わなくても理解してくれた。
瑠璃は、昔と同じように透の味方であり、理解者なのだと。本当にただそれだけの言葉で、透はどれだけ救われたか。
瑠璃がいる。あの時、リーダーだった自分にとって、一番
「ありがとう……る……み、
「──どういたしまして」
どうしても昔のように名前では呼べず、名字を口にする。それに対して瑠璃はどこか
森の入り口には、何人ものスタッフらしき人々が立っていた。みんな動きやすいアウトドアの服装だったが、どこか
しかしそれに対して特に不自然だとは思わなかった。
なぜならば、明らかに外国人だと思われる人が多かったからだ。空の会社は元々海外資本で設立したもので、日本にあるのは支社で本社はアメリカにある。それを考えればスタッフも日本人だけではないのだろう。
(それにしても……)
それは
森の中に
そのウッドデッキのテラスでノートPCを開いて何か一心にキーを叩いている青年がいた。
そして──。
「待っていたよ、瑠璃ちゃん、透くん!」
十年ぶりに再会した空は、あの頃と同じようなあどけない笑顔を浮かべていた。
子どもの頃からとても頭がいいのに、ちょっと世間知らずで、幼い
透は少し
「久しぶり……えっと、夕月社長でいいのかな?」
「やだなぁ、昔のままで〝空〟でいいよ。それに正式には社長じゃなくてCEOだし」
空は
透は
子どもの頃のヒエラルキーは、男子の場合だと単純に体格差で成り立つことがある。身体の弱かった空は、背こそ
大人になってそんなことだけで
「だけど部下の前でそれじゃ格好がつかないんじゃないか?」
「ああ、彼らは全員がウチの社の人たちじゃないんだ。このゲームの安全のためにプロの人たちにお願いしているんだ」
「プロ?」
「うん、こういった自然のある場所で何かあった時にすぐに対応できる訓練を受けてきた人たちだよ。みんなに安心して森の中を
安全のため……それはきっと、十年前のことを
空からの手紙は、十年前の事故については何も
透が助けを求めるよう瑠璃に視線を向けようとしたその時、空は彼女に声をかけた。
「あ、瑠璃ちゃん。女性用のコテージはこの裏なんだ。案内させるから荷物置いてきなよ」
「え……あ、うん。わかった──」
さりげない
ひとり空の元に残された透は、何とも言えない
「でもさ、本当に久しぶりだね」
「……十年ぶりだな……えっと──」
「だから空でいいよ。昔のままの呼び方で。瑠璃ちゃんから聞いたよ、何かちょっとよそよそしくなっていて、
「……そんなこと言っていたのか」
昔のままで呼んでほしいと願う空と瑠璃。本当に昔を
『大丈夫』という瑠璃の言葉を思い出し、少しだけ勇気が
(決心したんだ。その一言のためにここに来たんだ。たとえ許されなくても、もう二度とこんな機会はないかもしれないんだ……!)
大きく深呼吸をすると、彼がこの十年、ずっと言いたかったことを口にする。
「あのさ、空──
「どうして……いきなり。何のこと?」
頭を下げる透に、空は
「
「……朱音ちゃん──のこと?」
頭を下げた透から空の表情は見えないが、空の声は少し震えていた。
「朱音のこと、絶対見つけるって約束したのに──結局見つけられなくて、お前に何も言わずに東京に戻ったこと。本当に悪かったって思っている」
「……透くん」
「お前がこんな風に同窓会みたいなの開いてくれなかったら、きっとまたここに来る勇気もなかったと思う。本当に、ごめん」
ずっと頭を下げたままで、許してほしいと願う透。
空はどんな顔をして、謝っている自分を見ているのか透にはわからない。
思い出して
そして頭上から聞こえたのは、少し震えたような小さな声。
「……いよ」
「え?」
「だから──いいよ、謝らなくて。この季節になると
「そうか……」
空がどれだけ朱音を
憂いを含んだ目で、朱音が消えた森を見つめる空。
ズキン、と胸が強く痛む。透は彼女を──朱音のことを忘れようとしていた。自分がもう傷つきたくないから。それは空の
透がさらに言葉を
「空?」
「もうすぐみんなが集まる。あまり僕とふたりだけで話し込んでいたら、これから始まるゲームの情報を
何故そんな風に話を急に止めたのか。空の視線の先を追ってみると、ノートPCの横にある
森の入り口からカメラが
他のメンバーがやってきたのを知ったから、空は会話を切り上げたのだ。
あくまでもフェアにゲームをすること。同窓会でもあるが、それ以前にこれは空の会社がスポンサードする
「わかった……じゃあゲームが終わったら、な」
「うん。透くんも、優勝めざして
まるで子どものような
これからみんなでゲームをして遊ぶ。
十年前、仲間のひとりが消えたこの森で。
(……だけど、何だこの気持ち──)
透はそれがどこか現実ではない、何かが
**********
「みんな……来たよ朱音ちゃん──」
コテージ内の部屋に戻り、ひとりになった空は、窓の外の森を見つめ、そっと
もうすぐあの夏合宿の日と同じ仲間で過ごすけれど、決して同じ時間にはならない物語が始まる。空は自分で想い
透はもしかすると来ないかもしれないと思っていた。幼い頃の透は空から見れば何でもできる存在だった。その彼が
しかし彼は覚えていて、この場所にやってきた──。
かつて
「──大丈夫、僕はあの頃の弱いままの自分じゃない」
これからゲームを始めよう。朱音のための、最初で最後のゲームを。
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