第4話

 これからどうするかと問われたアゼルは、復讐をすると決断した。しかし彼には戦闘能力も何もない。そこでグスタフは彼の鍛錬に助力すると言った。


「あいつは、私の不手際でもある。否定はしない。やるというのなら協力しよう」


 木刀や銃、魔術を用いた戦闘の訓練の日々が始まった。彼の言う鍛錬は戦闘のみに終わらなかった。皇帝を弑逆すれば自動的にアゼルが三代皇帝になるだろうと言う。そのため政治的なもの、優先順位が低いのと時間が足りないのとで、基本的には軍事に関するものとなったが、座学も積み重ねることとなった。十九歳になった。

 訓練も最後となった日、汗を拭うアゼルに、グスタフは二振りの剣を授けた。しかしそれは剣と言っても予定世界上の実物ではなく、思惟世界の、つまりは魔術的な存在であった。

 アゼルのもとに歩み寄った彼の両手に、それぞれ魔術陣が浮かび上がる。すると、何もなかったはずの両手には、異なる二振りの剣が握られていた。


「これが、フラガラッハ。必中必殺の剣だ。これが、カレトヴルフ。己の心を反映する剣だ。フラガラッハは力になるだろうが、カレトヴルフは、まだお前の力になることはないだろうな」


 そう言って手渡された。手に持った瞬間、二振りの剣は魔力の霧となって一度消えた。魔力を練ると、両手の中に再び現れた。しかし、カレトヴルフはその形状が先ほどと大きく異なっていた。グスタフが握っていた時には大剣ほどの大きさであったが、今彼の手の中にあるのは短剣ほどでしかなかった。鍛錬をしたというのに、まだ強くないということなのだろうか。落胆か、将来への恐れか、不吉なものが身を引き締めた。

 王宮への侵入ルートを考えた。これについては、かつて王宮に暮らしていたグスタフがいたから、特に苦も無く決定した。

 夜、通気口と廃棄された廊下を伝って、各所に仕掛けられた魔術的な障壁を解除していって、皇帝の寝室に入り込んだ。流石に物音に気付いたと見えて、のそのそと体を起こしこちらを目視した。瞬間、アゼルは地を蹴る。驚愕の悲鳴ともとれる叫び声とともに、皇帝は手をかざし、魔術を発動させようと、——した時にはすでにその首は落ちていた。フラガラッハを振り抜いた姿勢のアゼルが、まるで過程と結果が逆転して表象したかのように、今更になって皇帝の後方に現れていた。嫌な感触だった。手が震えようとしていることに気づき、唇を引き締める。荒れて震える呼吸を、努めてゆっくりと吐き出した。

その時、アゼルは何も得られていないことに気づいた。今日までおよそ一年間、彼はこの時のために鍛錬を積み重ねてきた。首を落とすことを生きる理由も同然としてきたのである。だから、その目的を達成した今や、ただひたすらに無気力が彼の体を重くするだけであった。

 それでも、そうでもしなければそもそも己の人生は動かなかったのではないか、という正当化にも近い考えがあった。鍛錬をしている間は楽だった。いや、当然鍛錬の内容は苦しいものだったが、考えることを必要としなかったのだ。自分は何をするべきなのか、将来何になるべきなのか、とか、ただ目の前に与えられた課題をこなしていればいいだけだったから、そんなことで悩む必要はなかったのだ。しかしいざその目標を達成してみると、舗装されていない夜の林道を眼前にして立ち尽くすような絶望感に押しつぶされそうになるだけであった。

 悪かった、と祖父は、英雄グスタフは頭を下げた。己の失態でもあるのだ、と。軍事、政治にばかりかまけていて、二代皇帝の、息子の世話をしなかったのも間違いなく原因であると。お前の祖父として失格だ。殺すでもなんでも好きにしてくれ、と、彼の前に跪いた。アゼルは失望にも似たものを覚えた。何に対しての失望だろうか。盛者必衰を眼前に現実として見てしまったから、その現実の残酷さに失望したのだろうか。かつて英雄と呼ばれ、神のような力を使ったという逸話が残り、最前線に立って指揮を執り戦ったグスタフも、今となっては、眼帯や隻腕であることからわかる通り、重度の負傷と、知能の老化によって生前退位をせざるを得なくなってしまったのだった。そして、今度は孫の、次期皇帝の前に頭を垂れていた。己もいずれこうなるのだろうかという漠然とした恐怖感があった。特に躊躇いはなかった。しかし、別段憎いわけではなかった。死に場所を探していたというのなら、別にいいだろう。ただ無感動と失望の狭間の曖昧なところに突っ立ったまま、無気力にフラガラッハを振り下ろした。

 身の丈に合わないような気もする王冠が頭に載せられた。暗く淀んだ赤黒い目を開いた。思うに、強くなる方法は一つしかない。己の弱さを自覚し、それを脱ぎ捨てることによってのみ、弱い自分から脱却し、強くなることができる。相対的ではなく絶対的な人間になる。単一で完結できる存在に。アゼルはグスタフのもとで鍛錬を積んだ。それでも、カレトヴルフは短剣ほどの大きさでしか顕現しない。まだ強くなれていないということを示していた。しかし、何をどうすればいいのかがまったくわからない。脱ぎ捨てるべき弱さというものが、彼の前に実体をもって現れてくれないのだ。強くならなければならない、という強迫観念のみがあった。

 ところで、なぜ強くなろうと思っているのだろう?

 アゼルの自室として通された王宮の一室のベッドに、気づけば倒れこんでいた。緊張の糸が切れてしまったかのように、彼は動けなくなっていた。涙が出そうになった。しかし堪えなければならない、と心が強く訴えていた。意地になっていたのだ。突然こんな状況に放り込まれて、潰れて消えてしまいそうになっているのを、意地で乗り越えようとしていたのだ。強さが欲しかった。一切動じず、眼前のことを難なくこなせてしまう強さが欲しかった。今の動けなくなっている自分を変えたい、この寂しさを捨て去りたい、と思っていたのだ。

 こののち、アゼルはとある同年代の青年と出会う。彼の示した、人間の願いを叶えるシステム、バアルの慈雨の実現を手伝うこととなる。あってもよかったはずの平和な日々を取り戻すために、彼は戦うことを決意する。

苦痛、孤独、思い通りにいかないもどかしさも、何もかもを拭い去ってくれるのなら、と彼らは願う。

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