第3話

 目が覚めた。思考と記憶のまとまらないまま、ぼうっと天井を眺めていた。病室のようだと思った。それでいて、どこか瀟洒な宮殿の内装のような風格も持っている。木製のベッドの上に横たわっているらしかった。心地よくて、再び目をつむった。

 もう一度目を覚ました時、この宮殿の使用人だという者が衣服を持ってやってきた。何が何だかよくわからないが、言われた通りに袖を通して、脱いだものを渡した。先に立って案内するから、それについていくと、とある部屋に通された。最奥の机に、年老いた、けれど背筋の伸びた男が腰を掛けていた。左目は眼帯に覆われていて、左腕は無かった。その男が先に声を掛けた。どうやらアゼルの祖父だという。つまりは帝国を築いた英雄、グスタフであった。この離宮に隠居しているのだという。あの事件の際、アゼルを救い出し、ここに連れてきたとのことだった。

 あの事件?

 何のことを言われているのかがよくわからなかった。


「お前の母親のことだ」

「母親……?」


 やはりそう言われても、何のことだか判然としなかった。そんなアゼルの様子に、どこか憐れむような表情を浮かべたあと、今日は休んでおくようにと伝えた。

 気が付けば、次の日になっていた。

 いつから眠ってしまったのかもわからないし、食事を摂ったのかさえ思い出せなかった。また使用人が衣服を持ってやってきて、アゼルは脱いだものを手渡した。先を歩く使用人についていくと、とある部屋に通された。


「何か、思い出せたかね」

「いや、まだ……」

「そうか、もう少し休むといい。ゆっくりで構わない」


 気が付けば、次の日になっていた。

 いつから眠っていたのかも思い出せないし、食事もしたのかどうかさえ怪しい。また使用人が衣服を持ってやってきたから、受け取って着替えた。先を歩く使用人についていくと、とある部屋に通された。


「どうだね、何か、思い出せたことは」

「何も……」


 このような調子で数日が過ぎた。しかし、ある日、この日は確かに食事をしたんだと記憶に残ることになった。

 食堂の机の向かいに座ったグスタフの前に、使用人がコーヒーカップを置いた。その直後、記憶の中で何かが刺激される感覚があった。その不明瞭な刺激の正体を明かすべく、記憶の中を探っていく。すると、同じようにコーヒーを飲む者と、メロンパンを頬張る自分自身の情景が思い起こされた。ぴたりと手が止まる。異変を察したグスタフが顔を上げる。


「どうした、アゼル。顔色が悪いぞ」


 暫くの沈黙ののち、ゆっくりと口を開いて応じた。


「思い出しました、全部」

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