1-11



「はーきんちょうした。陽菜にしか言ってないんだからないしょだよ?」

「うん……」

 教室に向かって歩きながら私は陽菜に言った。そんな私に、陽菜も小さな声で言う。

「私も、ね」

「うん?」

「私も……ね、堂浦君のことが、気になってるんだ」

「……そっか」

「うん……内緒だよ」

「わかった」

「──約束、ね」

 謝り合って笑い合って、なんとなくあの頃の私たち二人の距離に、戻った気がした。

「あ! 帰ってきた!」

「え、新?」

「おかえりー」

「どっ、堂浦君!」

 教室に着くと、入口には新と奏多が立っていた。

「なかなか帰って来ないから心配してたんだよ」

「そっか、ゴメンね」

 話をしている私たちの傍で、陽菜はどこか居心地が悪そうにいる。

「ひ──」

「あ、辻谷さん」

「なっ、なに!?」

(陽菜、声ひっくり返ってるよ……)

 奏多も同じことを思ったようで、一瞬の間の後──していた。

「っはは! 何その反応!」

「ご、ごめん!」

「あーおっかしいの。で、なんだっけ……そうだ、田畑先生が教室に戻ったら職員室に来るようにって言ってたよ」

「そ、そっか! ありがとう!」

 恥ずかしさのあまり、慌てて廊下を駆けていこうとする陽菜を奏多が呼び止めた。

「あ、俺もこれ提出するから一緒に行くよ」

「えっ、えっ!?」

 そう言うと、奏多は職員室に向かって歩き始めた。その隣には……ぎこちなく笑う陽菜の姿があった。

(陽菜……ごめんね)

 過去を変えるということは、過去になかったことが起きる。

 ──それは新とのことだけとは限らない。

 そんな当たり前のことに、私は陽菜とのことがあるまで気付けなかった。

 傷つけてしまった親友を思いながら……私は隣にいる新に、小さく微笑んだ。


 そんなことがあった日の放課後……私と新は二人でかげのベンチに座り、並んでクレープを食べていた。

「これ、美味おいしいね」

「う、うん」

 新は手に持ったクレープをほおりながら、ニコニコと笑っている。

(なんで、こんなことに……)

 現在私たちは放課後デート真っ最中……ではなく、先生に頼まれたおつかいのため近くの商店街まで来ていた。

「それにしても田畑せんせーひどいよなー。作業が早く終わったならちょっと行ってきてほしいだなんて」

「ホントだね……」

「しかも奏多たち俺らに全部押しつけやがって」

「でもまあ、部活は仕方ないんじゃないかな……」

 そう──先生から話をされた時には陽菜や深雪、奏多もその場にいて、みんなで行ってきてくれ、という話だったのだけれども。

「あ、私部活あるんだ」

「私も……」

「じゃ、俺もそういうことでー」

 と、いうことで三人とも姿を消し……結局、私たち二人で来ることになった。

 私としては嬉しいけれど……新はどうなんだろう。私にとっての新は好きな人──だけど、今の新にとっての私は、出会ったばかりのクラスメイトだ。

 逆の立場なら……うん、気まずい。

「ん? どうかした?」

「や、えーっと……陽菜や深雪は部活だからしょうがないけど、奏多は来てくれてもよかったのにね」

「…………」

「新……?」

 気心の知れた友人が一緒の方がよかったのでは──と思って言った私の言葉に、なぜか新は不服そうな顔をしてだまんでしまう。

「どうかし──」

「旭は、奏多と一緒がよかったってこと?」

「え……?」

「俺は……旭と二人で嬉しいんだけど……」

「新? 今なんて……?」

 最後の言葉は、小さな声だったから上手く聞き取ることができなかった。

 思わず聞き返した私に、

「……別に!」

「あ、新……」

 そう言って立ち上がると、新は食べ終わったクレープの包み紙をクシャッと丸めて、近くのゴミ箱に向かって歩いていってしまった。

(急にどうしたんだろう……)

 どうしていいかわからず、後ろ姿を見つめていると……新が私を振り返る。

「ごめん! なんでもない! 先生のおつかいさっさと済ましちゃおうか!」

 そう言った新は、いつもと同じように笑っていた。


 しばらく歩いた私たちは、とあるお店の前で立ち止まる。

「えーっと……ここかな?」

「みたいだね」

 それらしきお店を見つけた。──うん、地図に描いてあるところと同じだ。

「こんにちはー……」

 おそるおそるお店の中に入った私たちを、お店の人が出迎えてくれた。

 田畑先生から預かったひきかえ券を見せると、奥にあるからちょっと待ってね、と言いながら歩いていってしまう。

 ──発注していたものを取りに行くのを忘れたが、明日どうしても必要だから取ってきてほしい──そう言って田畑先生が頼んできたもの、それは……。

「これって……ハチマキ、だよね?」

「だね……。クラスカラーだから、俺らが使うものかな」

 ハチマキのうすい青色は私たちのクラスカラーだった。

「配達にしとけばいいのに、なんで取りに行くのを選んだんだろ」

「ホントだね」

 苦笑いをしながらレジで引換券を渡してふくろを受け取ると……想像したよりも重かった。

「わっ、結構重い……」

「俺が持つよ」

 私の手から軽々と取り上げると、新は笑いながら言った。

「こういうのは男の仕事なの」

「でも、私だって頼まれたのに……」

「ああー! もう! ……ちょっとぐらいカッコつけさせてよ」

 少し頰を赤く染めた新はお店を出て、来た道をスタスタと戻り始めた。

「あ、ちょっと待って」

「置いてくよー?」

 そう言いながらも、立ち止まって私が追いつくのを待ってくれる。

「ありがとう」

「……奏多ほどじゃないかもしれないけど、俺だって役に立つんだからね」

「奏多……?」

 そういえばさっきも奏多がどうの、と言っていた気がする……。

 もしかして──いや、でもまさか……。

「私が……奏多と一緒に来たかったって、思ってる?」

「……違うの?」

「──私は、新とだから嬉しいよ」

 どこまで感情を伝えてもいいのだろう。

 全て伝えると、告白のようになってしまいそうで……。

「……俺も!」

「え?」

「俺も、旭と二人で来られて嬉しい!」

「新……」

「だから、また来ようね! 今度は先生のおつかいとかじゃなく!」

「うん!」

 新の気持ちがまっすぐに伝わってきてなんだかくすぐったい。

 耳まで真っ赤にして、照れくさそうにそっぽを向く新を見つめながら私は、少しずつ近づいていく距離に胸が高鳴るのを感じた。


 クレープも食べたし、頼まれていた荷物も受け取った。あとは帰るだけ──そう思いながら新の隣を歩いていると、ふいに寂しくなる。

 このまま別れてしまえば、次に会えるのはまた日記を読んで眠った後……。

「──新!」

「え?」

「あの……その……っ」

 思わず、新を呼び止める。……けれど、何があるわけでもない。必死に考えるけれど、何も思い浮かばない……。

「ううん……なんでもない」

「…………」

 結局、誤魔化すように笑うことしかできなかった。そんな私を見つめた新は、キョロキョロと辺りに視線をめぐらせる。そして──。

「ね、あそこ行ってみない?」

 新が指さしたのは──ファンシーなグッズからプラモデルまで、はばひろく置いている雑貨屋さん……だった。

「いいの?」

「いいも何も、俺が行きたくて聞いてるのに。変な旭」

 そう言って新は笑うけど……きっと、私がまだ帰りたくなさそうな顔をしていたから──。

「ありがとう」

「だから、なんでお礼なんて言うのさ。ほら、行ってみよ!」

 新は私の手を引っ張ると、その不思議な品ぞろえの雑貨屋さんへと入っていった。

 店の中にはちょっと変わったものから見たことのないようなものまでところせましと並べられていた。


「ね、旭。見て見て」

「ん? って、何それ!?」

「フランケンシュタインだぞー」

「あはは、それ被って学校来たら?」


「これ可愛い!」

「女子の可愛いってたまに変だよね」

「えーそうかなー?」


 被り物やキモカワイイぬいぐるみを見ながら新とキャーキャー言っていると……さっきまで感じていた寂しい気持ちなんてどこかに行ってしまう。……そんな私を見つめながら、新が優しく微笑んでいた。


「あー楽しかった!」

「ホントにね! 今日はありがとう!」

「こちらこそ! ──それじゃあ、また明日!」

「うん!」

 私の家と新の家のぶん点、今日もここでお別れだ。手を振る新の姿を見送ると、私は家への道を一人歩いていく。

(あの頃──付き合っていた頃は……この道のりも一緒に歩いてたなぁ)

 当たり前のように、それが当然であるかのように新はいつだって隣を歩いてくれていた。

(でも、まだ今は……)

「旭!」

「え……?」

 寂しく思いながら歩く私のかたを、新が少し息を切らせながらつかんでいた。

「……これ!」

 そう言って新が差し出したのは……小さなストラップだった。

「その……さっきのお店で見かけて、なんか旭っぽいなと思って! い、いらなかったら捨てていいから! それじゃ!」

 ストラップを私に押しつけると、新は慌てたように来た道を戻っていった。残された私の手の中には小さなねこのついたストラップが一つ。

「──いつの間に、こんなの買ってたんだろ……」

 の私の過去にはない新しい思い出がまた一つ。

「ありがとう、新」

 もらったストラップを携帯につけると、新が帰っていったのとは反対の方向に向かって私は一人歩き出した。



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この世界で、君と二度目の恋をする 望月くらげ/ビーズログ文庫 @bslog

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