1-10


「竹中ー。辻谷はどこに行ったんだ?」

「わかりません……」

 数学の授業が終わり昼休みが始まると、田畑先生が私のところにやってきた。

 ──結局、午前中の授業が終わるまでに、陽菜が教室へと戻ってくることはなかった。携帯も電源を切っているのかつながらない。

 休み時間にトイレや保健室を見に行ったが、陽菜の姿はどこにも見当たらなかった。

「でもカバンはここにあるので帰ってないとは思うんですが……」

「うーん、このままだと家の方に連絡を入れなきゃいけなくなるから、その前に探してきてくれるか?」

「わかりました」

 先生に言われなくてもそうするつもりだったけれど……私は校内にいるはずの陽菜のことを探すために教室を出た。

「旭?」

「新!」

 教室のドアを開けるとそこには、今まさにドアに手をかけようとしていた新の姿があった。

「どうしたの? そんなに慌てて」

「えーっと…ちょっとね。それより新は大丈夫なの?」

「心配かけてゴメン。もう大丈夫だから!」

「ならよかった!」

「ホントごめんね、今度ジュースでも──」

 おごるから──と言う新の言葉を遮ると、私は慌てて廊下へと飛び出す。

「新! ごめんね! 今ちょっと急いでるから、また後でね!」

「え、旭!?」

 走る私の背中に……あっけにとられたような新の声が聞こえたけれど、私は振り返るわけにはいかなかった。

(陽菜を、探さなきゃ……)

 私は廊下を抜けると、休み時間には行けなかったところへ向かった。それは校舎を出て少し歩いたところにある古い図書館だった。

(校舎の中にはいなかった。ならきっと、陽菜はここだ……)

 重い扉を開けると、薄暗くてかびくさい、そして静まり返った空間が広がっていた。

 おくのスペースに歩いていくと──思った通り、そこに陽菜はいた。

「陽菜……」

「あさ……ひ」

「見つけた。ね、教室、戻ろう?」

「……やだ」

「陽菜……」

 まどぎわに座り込む陽菜の隣に並んで座ってみるが、こちらを見ることはない。

「陽菜……その、ごめんね。私何かしたんだと思うんだけど、全然わからなくて……」

「…………」

「でも、陽菜とこんなふうになっちゃうのは悲しくて、だから──」

 必死に言葉をつむいでみるが、相変わらず陽菜はうつむいたままだ。

「だから怒ってる理由、教えてほしいんだ」

「…………」

 伝えることは難しい。それが自分に対して怒っている人になら余計に。けれど、こんなふうに──何もわからないまま友人を失うのは、嫌だ。

「…………」

「……旭、最近堂浦君たちと仲、いいよね」

「へ?」

 思ってもいなかったことを言われ、間の抜けたような声を出してしまう。

「かな、た?」

「す、鈴木君とか! 小嶋さんとも!」

「そう、かな。え、でもそれが……?」

 新たちと仲良くなったことと今回のこと、どんな関係があるのかさっぱりわからない。

 けれど……そういえば、この間も陽菜は言っていた。──堂浦君とやけに楽しそうだったじゃん、と。つまりそれは、もしかして……。

「ひ、陽菜? 間違ってたら申し訳ないんだけど……もしかして陽菜って、その……奏多のこと──」

「ち、違うよ!? 別に堂浦君のこと好きとかそんなんじゃあ……!!」

「陽菜、私まだそこまで言ってない……」

「あああー!!! ちが、違うんだからね!? ホントに……!!」

 真っ赤になった陽菜は、顔を隠すためか近くにあった本を自分の顔に押しつけている。

(そっか、それで……)

「──でも! 別にそれだけじゃなくって」

「陽菜……?」

「なんか……旭が私といる時よりも堂浦君たちといる方が楽しそうで……」

「陽菜……」

 そんなことない! と、言おうとしたが……言えなかった。だって、の私にとって陽菜は三年ぶりで……毎日会っていた頃に比べると、どこかよそよそしくなっていた気がする。

 過去の私なら……もっと陽菜との距離も違っていたのかもしれない。

(ごめんね、陽菜……)

 本当のことは伝えられないけれど……代わりに私は、

「──陽菜、私ね」

「何……?」

「新のことが、好きなんだ」

 この──今過ごしている過去の世界では、まだ誰にも伝えていないこの気持ちを……大切な親友に明かすことにした。

「えっ……ええっ!? 新って……鈴木君!?」

「うん」

「え、なんで!? なんで!? あ、だからこの前家まで行ったの!?」

 身を乗り出すようにして聞いてくる陽菜の表情は、さっきまでの暗い表情ではなくていつもの明るい陽菜だった。

「だから……堂浦君たちと仲良くなったの……?」

「新と話をしているうちに、気付いたら仲良くなってたんだ」

「じゃあ……じゃあ……堂浦君を好きなわけじゃないんだ──」

 ホッとした顔をして、陽菜が私の方を見た。

「やっとこっち見てくれた」

「……ゴメン」

「ううん、私の方こそ……ゴメンね」

 顔を見合わせて謝り合うと、私たちはどちらからともなく微笑んだ。

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