1-9




 まぶしく差し込む光に目を開けると、私はいつものようにベッドにいた。

「朝、だ」

 目が覚めると無意識に携帯電話に手を伸ばしてしまう。

 そして、日付を確認する。

「四月十六日……」

 新の日記に書かれていた中で、私が読んだ最後のページの日付だ。と、いうことは今日が終われば私は目覚めるのだろうか?

(何日も夢の中で過ごすと、何が現実で何が夢なのかわからなくなってくる……)

 本来であれば新は今日から学校に来るはずだったから、少しずつ──でも確実に過去は変わっていっているはずだ。この時期に、新や深雪とあんなふうに親しげに話をすることはなかったし、の私は堂浦君を奏多なんて呼んだことはない。

 新の幼馴染で仲のいい男子──それぐらいの認識だった。

「これでいいんだよね」

 思わず口に出して呟いてみる。けれど──その問いへの答えが、返ってくることはなかった。


(あれ……?)

 教室に着くと、いつも私より先に来ているはずの陽菜の姿がなかった。

(今日休みだったっけ……? でも、なにも連絡来てないし……)

 携帯を確認してみるけれど、特に通知はない。不思議に思いながらも、とりあえず席に着こうと教室に入ろうとした私に、後ろから誰かが声をかけた。

「おはよう、旭」

「お……はよう!」

 振り返った先には堂浦君──ううん、奏多の姿があった。

「早いねー、いつもこんな時間?」

「だいたいこれぐらいかなー? 奏多も?」

「俺もこんなもんかな? 新はもっと遅いけど」

 そういえば、いつもチャイムと同じぐらいに慌てて来ていた気がする。田畑先生がギリギリこくをしない新を、あきれたように注意していたのを思い出して思わず笑ってしまう。

「だからさ、昨日はきっと楽しみだったんだと思うよ。学校に来るの」

「え……?」

「いつもより三十分以上も早く来てたもん。よっぽど嬉しかったみたいだね、旭が家に来てくれたのが」

 ニッコリと笑う奏多にそれ以上何も言えず──赤くなった頰を隠しながら足早に自分の席へと向かった。

(もう……なんだか奏多には、全部見透かされている気がする……!)

 席に着いてカバンを置きながら赤い顔を冷ますために手であおいでいると、目の前にはいつの間にか、陽菜が立っていた。

「……陽菜!! おはよう!」

「……おはよう」

 心なしか声のトーンが低い。

「あの……今日遅かったんだね! 休みかと思っちゃったよ」

「来ちゃまずかった?」

「え……」

「っ……ごめん、なんでもない」

 なんでもない、と言いながらも──陽菜は辛そうな表情をしていた。

「陽菜……?」

「ちょっと、放っておいてもらってもいいかな」

「陽菜……私、何かした?」

「…………」

「陽菜……?」

「──ごめん」

 そう言うと……陽菜は自分の席へと歩いていった。

 陽菜は私の後ろの席で。だから、後ろを向けばそこにいるはずなのに──たった机一つ分の距離が、なぜかとても遠く感じた。


 HRが終わり一限目の用意をするために椅子を引くと、陽菜の机に椅子が当たった。

「あ、ごめん!」

「…………」

 振り返る私の顔を、陽菜は見ない。

「ねえ、陽菜……」

「…………」

 ──何も言わない。

 そんな陽菜との空気に耐えきれず、私は自分の席の方へと視線を戻した。

「旭」

「……奏多?」

 そんな私に声をかけてきたのは、朝と同じく奏多だった。

「──っ」

「あっ……」

 ガタン、という大きな音に驚いて振り返ると……教室のドアに向かって歩く陽菜の姿が見えた。

(陽菜……?)

「ごめん、今まずかった?」

「……ううん、大丈夫だよ。どうしたの?」

「新のやつちょっと具合悪くなっちゃって。一限目保健室行くから号令よろしくだって」

「えっ!? 大丈夫なの?」

 奏多の言葉に思わず身を乗り出すと、大丈夫だよと奏多は微笑む。

「ちょっとしんどいだけだから。昼には戻って来られると思うって言ってたし心配ないよ」

「でも……」

(もしかして心臓の……)

 不安に思う私の気持ちをどう誤解したのか、奏多は笑いながら言う。

「大丈夫だって! 今日の委員長の仕事全部押しつけるわけじゃないから!」

 そういうわけじゃない……そういうわけじゃない、けれど──何も言うことはできない。だって、今ここにいる私は新の病気のことなんて、なにも知らないはずなのだから。

「……わかった。じゃあ午前中の号令はしておくね! わざわざありがとう!」

「ん、よろしくね」

 そう言って奏多は自分の席に戻っていく。

 そして──陽菜が戻ってこないまま、一限目の授業は始まった。

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