1-5


4月11日


最悪だ。さっそく学校を休んでしまった。

今日は各クラスの学級委員で構成された委員会の集まりがあったのに……。

竹中さんは一人で行ってくれたのだろうか。


明日あやまらなくちゃ……。

……でも明日、学校に行けるのかな……。



4月12日


やっぱり今日も学校には行けなかった。

クラスのやつらにも竹中さんにも迷惑をかけている。

……申し訳ない。


夕方、奏多がいに来てくれた。

いつもありがとう。



4月15日


週が明けたのに俺は今日も休んでいる。

俺が学級委員で本当によかったんだろうか。

田畑せんせーから電話がかかってきて、俺の分の仕事も竹中さんがやってくれていると聞いた。

迷惑ばかりかけている。

せんせーは気にするなって言っていたけど、やっぱり俺じゃあダメなんだよ。

明日も休むようなことになればせんせーに言って他の人に学級委員を変わってもらおう。



4月16日


久しぶりに学校に行けた。

クラスのみんなにはいつものようにってことになってたみたいだ。


竹中さんに謝ると気にしないでと笑っていた。

本当にごめんなさい。


明日から春のオリエンテーションの準備が始まる。

まりがけのキャンプなんて……俺は参加できるんだろうか。


「そういえば…こんなことあったなぁ……」

 新学期早々、新が何日も休んでしまって目が回るほどいそがしかったのを思い出した。

 でも、これがきっかけで声をかけてきてくれた深雪や他の友人たちと仲良くなれた。だから私にとってはマイナスな思い出ではなかったのだけれども……。

「新はこんなふうに思ってたんだなぁ…」

 不思議な感じだ。あの頃の新の気持ちを、こんな形で知ることになるなんて。

 ──そしてこれからもう一度、あの頃の新に会うなんて……。

「新……」

 大好きだった彼の名前を呟くと……私は、パタンという音を立てて日記帳を閉じた。


◆◆◆


 目を開けるとそこは、数年ぶりで数日ぶりの三年二組の教室だった。黒板にはチョークでと、書かれている。

(日記帳の日付と一緒……)

 ということは、新は学校には来ていないはず……。教室を見回すが、やはりそこに新の姿はなかった。

「あれ? 新は?」

「今日休みらしいよ」

「えー、貸してって言われてたCD持ってきたのにー」

 少しはなれたところから聞き覚えのある声が聞こえる。

(深雪、だ……)

 まだこの時は、ほとんど話したこともなかった。

 三年目の中学生活で初めて同じクラスになって……高三の今も一緒にいる、大切な親友。

 ただ、今の時点ではまだ単なるクラスメイトでしかない。

(なんか変な感じだなぁ)

「旭? どうしたの?」

「あ、ううん。なんでもないよ」

 ボーっとしていた私に後ろの席にいた陽菜が不思議そうに聞いてきた。

(陽菜も懐かしい……この前久しぶりに会ったなあ……)

 つじたに陽菜は中学三年間ずっと同じクラスだった。

 高校が別れてからはなかなか会うことができなかったけど……久しぶりの再会がまさか新のお葬式になるなんて、思ってもみなかった……。

「よーし、席に着けー」

 そんなことを考えていると、田畑先生がしゅっせき簿を持って教室に入ってきた。

「今日の欠席は……鈴木だけだな」

 連絡こうを話し、先生はホームルームのしゅうりょうを告げた。

「竹中」

「っ……は、はい!」


 ボーっとしていた私の席の前に、いつの間にか田畑先生が立っていた。

「今日は昨日言ってた通り委員会の招集があってなー」

「そう、ですね」

「鈴木が休みだから、悪いが竹中一人で行ってもらえるか?」

「わかりました」

「よろしく頼むな」

 それだけ言うと田畑先生は教室を出て行った。

「はぁー……」

 わかってはいたけれど、ゆううつだ。

「旭ー大丈夫?」

「うう……しょうがないし、頑張るよー」

「ファイト……」

 陽菜のなぐさめを背中に聞きながら、机の中から教科書を取り出すと一時間目の準備を始めた。


「──あれ?」

 放課後の委員会を終え、教室に戻って帰宅準備をする。だれもいない教室はガランとしていた。

「これで本当にいいのかな……」

 今の私がしているのは、完全に過去の繰り返しだ。なにも変わらない、三年前に起きた出来事のまま。

(このまま家に帰って今日が終われば、新の日記帳の中身は変わらないんじゃあ……)

 全てのページを変える必要はないのかもしれない。けれど、あの日を迎えないためには……やはり同じことを繰り返しているのではいけない気がする。

(でも、どうすれば……)

 そう思いながら手元を見ると、一冊のノートがあった。さっきまで行っていた委員会で話し合った内容をまとめたノートだ。

(そうだ!)

 日記帳にはと書いてあったから、きっと休んだ原因は風邪ではないのだろう。なら、寝込んではいないのかもしれない。

 ──もし本当に寝込んでいた時のために、一枚の手紙を書いてノートに挟んでおくことにした。

 そして私は、職員室にいるであろう田畑先生の元に向かって走った。


「──またここに、来られたね……」

 あの後、職員室にいる田畑先生に話をすると、あっさりと新の住所を教えてもらえた。

 回りくどいことをせずにそのまま行ってもよかったのだけれども──今の私が新の家を知っているのは不自然だ。しんに思われることは、できるだけけたい。

 ただ、ついでにこれも渡しておいてくれって田畑先生の授業の宿題プリントまで渡されてしまったのは、新に悪いことをしたかもしれない。

 そんなことを思いながらチャイムを鳴らすと、プッ……という音に続いてくぐもった声が聞こえた。

「はい……?」

「あ、あの……竹中です!」

「え……?」

「同じクラスの! 竹中です!」

「ちょ、え、あ……ちょっと待ってて!」

 慌てた声と重なるように、ガタンッと何かがたおれたような音が聞こえたけれど、大丈夫だろうか……。

 少しの間待っていると、ガチャッという音とともに目の前のドアが開いた。

「……こんにちは」

「……どうも」

「…………」

「…………」

 …………会話が続かない。

 それもそうだ。新にとって私はまだ、初めて同じクラスになった女の子でしかないのだから。

 ──なのに家まで押しかけてくるとか、下手すれば不審人物あつかいされてもおかしくない……。

「あの……どうしたの?」

「あ、えっと……風邪はもう大丈夫?」

「…………うん、だいぶマシ」

 風邪、という言葉に一瞬おどろいた表情をしたけれど、すぐにそれを隠すように新は返事をする。

「……あの、ね! 田畑先生に家教えてもらったんだ!」

「田畑せんせーに?」

「今日委員会あったでしょ? もしかしたら鈴木君休んじゃったこと気にしてるんじゃないかなーって思って」

「…………」

「だから、もしよければなんだけど──はい!」

 そう言って差し出したノートを新は……少し悲しそうな顔をしながら受け取った。

「迷惑かけてごめんね……」

「そんな……誰にだって体調悪い時はあるよ! だからそんなこと気にしないで!」

「うん……」

 受け取ったノートをパラパラとめくると……ありがとう、と呟いて新は目をそらした。

「…………」

「…………」

「あ、明日は、学校来られそう?」

 ちんもくえきれず、思わず言ってしまった言葉に後悔する。明日も来週も新が学校に来られないことを、私は知っていたのに……。

「どう、かな……行けたらいいんだけど……」

「む、無理はしないでね!」

「ありがと」

「…………」

「…………」

 ただよう重い空気。

 さっきの失言をどうにかしようと必死に考えるけど──何もかばない。頭をひねって必死に考えて思いついたのは……田畑先生に渡された一枚のプリントの存在だった。

「そ、そうだ! 私田畑先生からこれ預かってたんだ」

「……数学の、プリント?」

「宿題、だって……」

「……そっか。ありがとう」

「うん……」

「…………」

「…………」

 再び私たちを、沈黙が襲う。

「──それじゃあ、私帰るね……。あの……お大事に、してね」

「あ、うん……。わざわざありがとう」

 結局、私は……新の前からげることしかできなかった。ノートを手にした新に背を向けると、私は新の家を出た。

(あああ……なんであんなこと言っちゃったんだろう……)

 後悔が私を襲う。

 新だって学校に行きたいに決まっているのに。しかも、そのことを日記帳を見て知っていたのに……。

「私って……本当にバカだ……」

 がしらが熱くなって、こぼれそうな涙を拭おうとした時……私の名前を呼ぶ声が聞こえた。

「──竹中さん!!」

「っ……え、鈴木君!?」

 新の声に思わず振り返ると、慌てたように玄関から出てきた新の姿が見えた。

「これ! ありがとう! 嬉しかった!」

(新……)

「明日は無理かもしれないけど、来週は絶対学校行くから! そしたらまたよろしくね!」

「……うん! 待ってるね!」

 答える私に新は大きく手を振ると、照れくさそうに頭を搔いて家の中に戻っていった。ホッとした私は、新の姿を何度も何度も思い返しながら、自宅への帰り道をかろやかな足取りで歩いた。

 そして私は……めることのないまま、夢の中で翌日を迎えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る