1-4


「──つまり、その……過去をもう一度夢の中で体験してるって、こと?」

「体験してるというよりは……上書きしてる、みたいな感じ……」

 当時の私が取った行動とは違うことをすると、それが現実世界の思い出にまでえいきょうしている。

「うう──ん……」

「やっぱり、信じられないよね……」

「違う。旭がこんなことで噓つかないって私知ってるから。……信じていないっていうんじゃなくって……」

 少しなやんだ後、えんりょがちに深雪は言った。

「私の覚えている記憶は、旭が言うところの上書きされた状態の記憶だから、今話してくれたっていうのが正直わからない」

「そう、だよね……」

「だけど、もし本当に過去が変えられているのだとしたら……どうしてあの日、旭だけ直接呼ばれたのかがわかる気がする」

「私だけ……?」

「そう。あの日旭は新のお母さんから、直接新がくなったって連絡をもらったのよね?」

「うん、深雪もそうじゃないの?」

「私は……どううらかなって覚えてるかしら? 中学三年の時に一緒のクラスだった。あいつから連絡が入ったの」

「……堂浦君」

 確か新とよく一緒にいた男の子だ。

おさなじみ、だったっけ?」

「新のね。その奏多経由で、新と仲がよかった人に連絡入れてほしいって回ってきたの」

「そうなんだ……」

「だから旭に連絡を入れた時、新のお母さんから直接電話が来たって聞いて……どうしてだろうって不思議に思ったのよ」

「どういう……?」

「奏多以外に、新のお母さんから直接連絡をもらった人はいないのよ。──旭を除いて、ね」

「私、だけ……」

「三年も前の……それも中学生の時にほんの少し付き合っただけの彼女に、わざわざ直接連絡するなんてって……不思議だったの」

 そう言うと深雪は、視線を私のカバンに向けた。

「持ってきてるのよね?」

「──うん」

 何を、なんて聞く必要はなかった。

「ちなみにそれって、最後まで読んだの?」

「まだ……」

 深雪は何かを考えているようだった。

「どうしたの……?」

「例えば、複数の日付を読んだら?」

「え……?」

「例えば、連続していない日付を読んだら? 例えば、コピーを取ってそれから夢を見たら?」

「深雪……?」

「例えば……過去を変えて、旭と新が別れないままの世界に変えることができたら……?」

「深雪!!」

 思わず大きな声を出して深雪の言葉をさえぎってしまう。周りのお客さんが、何事かと私たちの方を見ている。

「ごめん……」

「……私の方こそ、ごめん」

「…………」

「…………」

 自分の浅ましさをかされたような気がしてずかしかった。

 このノートがあればもしかしたら……そう考えない時はなかった。けれど……その一線を、えてしまっていいのかどうか。

 ──その答えは、私の中でまだ出せないでいた。

 どことなく気まずい空気が、私たちの間に流れる。そんな空気を振り払うように、深雪は目の前に置いてあったアイスティーに口をつけると私に言った。

「きっと何か意味があって、旭は過去をやり直してるんだと思うの」

「意味が……?」

「それが旭にとってなのか、新にとってなのかはわからないけれど──でも、旭が読むのをやめたら、こうかいしたままの今となにも変わらないんじゃないかしら」

「…………」

 口ごもる私に──深雪は、少し言いづらそうに言った。

「新の番号、消せてなかったんでしょ……?」

「っ……なん、で……」

 知っているの、と言おうとした私に辛そうな顔をして深雪は笑う。

「親友だもの、気付いてないわけないじゃない」

「深雪……」

 隠しているつもりだった。吹っ切れたふりができていると思っていた。なのに……目の前の優しい親友は、全てわかった上でだまされたふりをしてくれていたなんて……。

「──もしかしたら何も変わらないかもしれない。結局、どう足搔あがいたって今は今のままかもしれない。でも……もし、少しでもあの日を変えられるのなら……その可能性があるのなら、けてみてもいいんじゃないかな」

 そんな都合のいいことがあってもいいんだろうか。自分たちの過去を、今の自分が変えてしまうなんて……。

 迷っている私を見透かしたように深雪は言う。

「きっと、変えられることなんてほんのひとにぎりのさいなことよ。大きく何かが変わることなんてないと思うわ」

「そうなの、かな……?」

「でも、それで──この三年間の旭の苦しい気持ちが少しでも軽くなれば……新も嬉しいんじゃないかしら」

「深雪……」

 そうなのかな。

 それで、いいのかな……。


 本当は知りたかった。

 あの日、新がどうして急にあんなことを言ったのか。

 あの後、どうしていなくなってしまったのか。

 どうして──最期まで、傍にいさせてくれなかったのか……。


「そう、だね……。私──」

「──でもね、旭。過去を変えて今を変えていくってことは……新の辛いシーンを、今度はあんた自身の目で見届けなければいけないかもしれない」

「うん……」

「それでも……」

「それでも! 私は、新に会いたい」

「旭……」

「あの日どうして別れなきゃいけなかったのか。──本当の理由を、知りたい」

「うん……そうね。そうよね……」

「ありがとう、深雪。おかげで気持ちが固まったよ」

 後悔をしないためにも、私は……。

「新との日々を、やり直してみる」

 その結果が、どんなに辛いことになったとしても。

「──泣きたい時には私がいるから。いつでも言いなさいよね」

「ありがとう……」

 優しい親友の言葉に、私は溢れかけた涙をそっとぬぐうと小さく頷いた。


 まだどうなるかなんてわからない。

 でも、過去をかえって辛くなるんじゃなくて、あの時こんなことがあったなって笑って過ごせるようになるために。

 私は、過去を変える。

 それがたとえ──許されないことだとしても。


 自宅に戻った私は、深雪に言われたことを思い出しながら新の日記帳を手に取った。


『──とにかく今はいろいろとかくにんしながら、日記帳についても調べていきましょう』

『確認?』

『そう、例えば……』


「複数の日付を読むとどうなるのか……か」

 確かに、今までは一日分を読んで寝てしまっていた。けれど何日分かまとめて読んだとしたら……その日の夢はどうなるんだろう。

「──よしっ、読むぞ!」

 久しぶりに開けた日記帳は……どこかひやりと冷たかった。

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