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4月10日


今日は各委員会を決めた。

最悪だ。くじ引きで学級委員長になってしまった。

女子の副委員長はたけなかっていう知らない子だった。

知ってるやつだったら楽だったんだけど、でもちょっとかわいい子だったからラッキーかな(笑)


「懐かしいなぁ……」

 朝の出来事は私の思い過ごし……。そう思い込むことに決めた私は、夜眠る前に再び新の日記帳を手に取っていた。

 今日は三ページ目。四月九日の分が飛んでいるのが新らしい。

 日記を書くことが好きだ、なんて書いていたのに……そんなことを思うと、寂しいのになんだかしくなってくる。

「そういえば一学期は二人で学級委員をやったんだっけ」

 それが私が新を初めて認識した時……。

 どうして忘れていたんだろう。

 どうして、忘れていられたんだろう。

 こんなにも大事な思い出なのに。

「私も日記をつけておけばよかったかな」

 そうすれば新との思い出を、何一つなくすことなく覚えていられたのに。──なんて、今更どうしようもないことを思ってしまう。

 でも、あの時はまさか新と付き合うなんて思っていなかったから。そして、あんなふうに最後の……さいのお別れをむかえるなんて知らなかったから……。

 そんなことを考えていると、いつの間にか……私は眠りについていた。


◆◆◆


「ホームルームを始めるぞー」

 聞こえてきた声にハッとなった私があわてて前を向くと、きょうたくには……田畑先生が立っていた。

(また、だ……)

 また、この夢。

 また中学三年の、まだ新がいた時の──夢。

(まさかと思うけど、今日は……)

「それじゃあ今日は委員決めをするぞー。とりあえず学級委員長と副委員長な」

(やっぱり……)

「決め方は……くじ引きでいいだろ。大当たりが学級委員長、当たりが副委員長ってことで」

 新が書いた日記と同じ内容の、夢……。

 ぐうぜん……? それとも……。

(そんなわけない!)

 たまたま日記を読んだ後に眠っちゃったから……その内容が頭に残ってただけ。そうに、決まっている。そうじゃなきゃ、おかしいじゃない……。過去を夢で、かえすなんて……。

「次、旭の番だよー?」

「え、あ──うん」

 気が付くと私の順番が来ていた。

(過去の通りなら……この後、当たりを私が引くはず……)

「あ、あのさ!」

「え?」

 私は思い切って後ろの席の友人──に声をかけた。

「あの……私ちょっとトイレ行きたいから、先にくじ引いといてくれない?」

「いいよー! せんせーにバレないうちに帰っておいでよー」

「ありがと!」

 そっと席を立った私は、先生に気付かれないように教室から廊下へと出た。

「はあ……」

 何かが変わるか、何も変わらないかはわからないけれど……。このまま同じように過ごしたのでは、何が起きているのかわからない。

 知りたい。

 今どういうじょうきょうで、私の身に──あの日記帳に、何が起こっているのかを……。

「あれ? えーっと……竹中さん、だっけ?」

 廊下に座り込んで考え込んでいると……思いがけない人から声をかけられた。

「あら……」

「ん?」

「あ、えっと……鈴木、君?」

 目の前には……三年前の新の姿があった。

「そー、鈴木君です。何してんの? こんなところで」

「え、あ……それは……」

「もしかして気分悪くてうずくまってた? 大丈夫? 先生呼ぶ?」

 こんな記憶は、私にはない。忘れているだけでは、ないはずだ。

 じゃあ、やっぱり……。

(これは夢で……過去を繰り返しているわけではないんだ)

「竹中さん……?」

 心配そうな新に、私は慌てて立ち上がる。

「あ、えっと……違うの! トイレに行って帰ってきたんだけどなんとなく入りづらくて」

 それっぽい理由を言ってみると、新は一瞬びっくりした顔をした後──いたずらっぽく笑った。

「わかるわかる。俺もそういう時あるよー、このままチャイム鳴らないかなーとか」

「あるよねー! よかったー。……そういえば、鈴木君はなんで外に?」

「それ、は……」

 私の言葉に、新はなぜか口ごもってしまった。

(変なこと、聞いたかな?)

 目の前の新の反応に不安になっていると……新は、ニッと笑って言った。

「俺も! 俺もトイレ! 急に行きたくなっちゃってさー」

「そっ……か! 一緒だね!」

 笑う新にホッとする。

 一瞬くもった表情が気になったけど──けれど今の私には、聞くことができなかった。

「中、入る?」

「あ、うん! 入ろっか!」

 後ろのドアをそっと開けて静かに教室に入ったつもり──だった。二人並んで教室に入る私たちを……着席したクラスメイトとニヤニヤした田畑先生が見つめていた。

「え、ええ!?」

「おかえり、お二人さん。あと二枚くじ残ってるぞー」

 どうやら廊下で話をしているうちに、学級委員を決めるくじは私たち以外引き終わってしまったらしい。

(まさか……)

「さあて、どっちが委員長でどっちが副委員長かなー」

 嬉しそうに言う田畑先生。そしてクスクス笑うクラスメイト。

「あーもう! しゃあない! 引こうぜ、竹中さん!」

 新は腹をくくったように教卓へと歩いていく。

「あ、うん」

 私もその後をついて歩き、新と二人せーのでくじを引いた。

 結果は……。

「学級委員長は鈴木に、副委員長は竹中にお願いすることになった! それじゃあ二人とも一学期の間よろしくたのむな!」

 あらがったのに、何も変わることなく──過去の、そして日記の通りに、私たちの物語は綴られていった。

(でも、そうだよね)

 過去は過去だ。変わるはずがない。

 変わっていい、はずがない。

 だからきっと……。

(昨日のことは私の勘違いだったんだ)

 日記の内容が印象的だったから、日記の内容を夢で見ただけ。記憶と違ったのだって、三年も前の話だから私が忘れているだけだ。

 夢の中で起きた出来事はただの夢の中のこと。だから──今の私には、関係ない。過去を夢の中で繰り返すなんて、そんなことあるわけがない。

 答えが出た気がした。

 私の胸の中で引っかかっていたものが、スッとなくなるのを感じた。


 けれど私はまだ気付いていなかった。

 過去が変わっていっていることに。

 ──物語が、動き出していたことに。


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