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 あらたの家を出て、ゆきと一緒に帰り道を歩く。

「…………」

「…………」

 何も話す気になれなかった。そんな私の気持ちをわかってくれているのか、深雪もまた何も話すことはなかった。

「それじゃあ……」

「うん、また明日……」

「わざわざ、ごめんね」

 反対方向なのに私の家までついてきてくれたことにお礼を言うと、何言ってるのと深雪は笑う。

「無理しちゃダメだからね?」

「ん……」

 心配そうに私を見つめる深雪に手をると、私はげんかんのドアを閉めた。

 声をかけてくる母と妹を無視して部屋へと戻る。

 ベッドの上に荷物を放り出すと、着替えることもなくそのままころがった。

 ──何もする気に、なれなかった。


 新はもういない。


 別れた時とは違うそうしつ感におそわれる。

 もう二度と……新に会えることはない。もう、二度と……。

「ひっ……くっ…………あら、た…………」

 えつが、涙が止まらない。

 大好きだった。

 大好きだった。

 別れても、忘れようとしても、ずっと、ずっと、大好きだった……。

「あらたっ……なんでっ……なんで…………」

 溢れる涙をぬぐいながら顔を上げると、投げ出した荷物の中にある一冊の本が目に入った。

「あ……」

 それは、新のお母さんから渡された新の日記帳だった。

 渡された意図はわからない。けれど、これが今私の手元にあるゆいいつの形見だった。

「こんなのつけてたなんて聞いたことなかったな」

 一ページ目を開いてみる。

 そこには私の知っている新からは想像のつかない、ちょうめんな文字がつづられていた。


すず 新   14さい

好きな食べ物 ラーメン

きらいな食べ物 ピーマン

好きなこと  友達と遊ぶこと

日記を書くこと

嫌いなこと  病院に行くこと


明日から3年生。今年もみんなと楽しく過ごしたい。


「新…………」

 私が出会う前の新がそこにはいた。

 そういえば──私が新の存在をにんしきしたのは、いつだったんだろう。

 クラスえの後の自己しょうかいの時? ううん、あの時はまだたくさんいるクラスメイトの中の一人だった。

 新を新として認識したのは、いつのことだったんだろう……?

 日記帳の二ページ目を開いてみる。そこには新学期一日目の様子が新らしい文章で書かれていた。


4月8日


今日から新しいクラスが始まった。

1、2年で一緒だったやつらもいたし、知らなかった子もいた。

できればみんなと仲良くなってたくさん思い出を作りたい。


そういえば担任は去年から引き続きばたせんせーだった。

俺の身体のこともあるのか3年間ずっと一緒だ。

今年もよろしくってことで朝、田畑せんせーが教室に入ってくる時に、黒板消しをドアにはさんでおいた←古典的?(笑)

見事引っかかったせんせーにめっちゃおこられたけどまあいいや。


今年もめいわくかけるけどせんせーよろしくね。


「そういや、そんなことあったっけ……」

 新学期早々、先生から全員が怒られたおくはあるけれど、あれは新たちのいたずらだったんだ。

「バカだなぁ……」

 そう呟くと私は新の日記帳を胸にいて、いつの間にかねむりに落ちていた……。


◆◆◆


「おはよー」

「おはよー! また同じクラスでうれしい!」

「私も! 今年もよろしくね!」

 気付くと私は教室のけんそうの中にいた。

「あれ……?」

 確かさっきまで自分の部屋にいたはずだ……。

 それに……。

(この制服って……中学の時の……? 教室だって……)

 目の前に広がる光景は、見慣れた高校のものではなく……懐かしい中学の時のものだった。

(そっか……私、夢を見てるんだ……)

 新の日記を読んで当時のことを思い出したからだろうか?

 夢の中の私は中学三年生の、新と初めて同じクラスになったあの教室にいた。

「あっ……」

 教室を見渡すと入口のところで、男子たちが何かをしようとしているのが目に入った。

「新、だ……」

 夢だから当たり前なんだけれど、あの当時となんら変わることのない新の姿が、そこにはあった。

 男子たちは椅子に上って、入口のドアに黒板消しを挟もうとしている。

「そうだ……!」

 我ながらくだらないことを思い付いたなって思うけれど、思い付いたものは仕方ない。

 私は教室の後ろのドアからそっと出るとろうを歩いて前のドアに向かった。

 廊下の先には今年の担任となる田畑先生の姿が小さく見える。そして、少しだけ開いたドアの向こうには……いたずらの仕掛けをしている新の姿が見えた。

 ──目が、合った。

「え……?」

「入っても、いいかなぁ?」

 視線を上にずらしてそう言うと……バツが悪そうに頭をきながら、そっとドアを開けてくれる。

 ボスン、という音を立てて私の前に黒板消しが落ちた。

「──じゃしちゃって、ごめんね?」

「や、別に……」

 笑いがれるのを必死でこらえながら私は自分の席に着いた。

 ──その直後だった。黒板消しのトラップのなくなったドアから、田畑先生がつうに入ってきたのは。


◆◆◆


「んっ……」

 目が覚めるとそこはいつもの私の部屋だった。

 懐かしい夢を見た。

 大好きだった新にも、もう一度会えた。

「この日記帳のおかげ、かな……。ありがとう」

 私は日記帳をそっとカバンの中に入れると、一つ伸びをして部屋を後にした。


「おはよーあさひ! あの後、大丈夫だった……?」

 教室に入るなりってきた深雪が心配そうに聞いてきた。

「うん……。ありがとう。一日経って少しマシ、かな」

 ホントはまだまだ立ち直れてなんかいなかったけれど……心配してくれている親友に少しでも安心してほしくてうそをついた。

「無理、しなくていいんだからね?」

「ありがとう……」

 そんな私の噓なんてお見通しの深雪は、心配そうな表情をくずさないまま席に向かう。

「そういえば昨日懐かしい夢を見たんだよ」

 少しでも笑ってもらえればと、昨日見た夢の話をしてみる。

「中学三年の始業式の日に、新たちが田畑先生に黒板消しでトラップを仕掛けてたの覚えてる?」

 それを夢の中の私がさーと続けようとした時、深雪がおかしなことを言い出した。

「覚えているわよ。新たちがせっかく仕掛けたのに女子に邪魔されたー! って、さわいでいたもの」

「え?」

「昨日、新のことで久しぶりにみんなと話していて、あの時の女子が旭だったって知ってビックリしちゃったわ」

「ま、待って? え、それは夢の話で実際は田畑先生がトラップに引っかかったでしょ?」

 動揺がかくせない。だってそれは、夢の中での話のはずだ。実際の私はあの時新しいクラスにドキドキしていて、そんなことが行われていたことさえ知らなかった。

「旭、大丈夫? 記憶混乱してても仕方ないよね……。新のことはショックだっただろうし……」

 だけど、深雪は夢の内容こそが現実だと言う。

 わからない。

 どういうこと?

「そうだ!」

 私はカバンの中から昨日受け取った日記帳を取り出した。なんとなくそばに置いておきたくてカバンの中にしのばせていた日記帳だったけれど、こんなふうに役に立つなんて思ってもみなかった。

「ほら、見て深雪! これ新の日記ちょ……」

 昨日見たページを深雪に見せようと二ページ目を開いた私のに、信じられないものが飛び込んできた。

「うそ……」

 そこに書かれていた内容は昨日のものとは変わっていた。

 昨日は確かに田畑先生がトラップに引っかかったと書かれていたのに……。今開いたそこには、トラップが不発に終わったという……夢の中で見たままの内容に変わっていた。

「なん、で……」

「旭、ホントに大丈夫? 相談事があるならなんでも聞くからいつでも言ってね……?」

 心配そうに私を見つめる深雪に──私は、何も言うことができなかった……。

 ただ、何が起きているのか理解ができないまま新の日記帳を……綴られた文字を見つめる。けれど私は、日記帳に書かれている内容を理解できずにいた。

 何も言わなくなった私の顔を、深雪がのぞむ。

「旭……? そのノートがどうかしたの……?」

 不思議そうに、けれどどこか心配するような口調で深雪が問いかけてくる。

「な、なんでもないの! あれー? 私記憶違いしてたのかな? あはは、気にしないで」

「う、ん……。ホント何かあったら何でも言いなよね?」

 納得してないような、そんな表情で深雪は言った。

 かんちがい──に、決まっている。過去が変わるなんて、そんなことが起きるわけないんだから……。

 いっしゅんよぎった考えをはらうように、私は取り出した日記帳を再びカバンの中に押し込んだ。

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