拾肆話目 還
「これで全部かな。美冬君、籠をそのままそこへ置いて」
「は、はい!」
町に散らばった妖精達を集め終わった秋彩達は、神社に戻ってきて賽銭箱の前に立っていた。入り口に掛けた立入禁止の札はそのまま。
妖精達を“あちら”へ還す途中で誰かが入ってきては、巻き込みかねないからだ。
「では美冬君、血を一滴もらうね」
「はい」
籠を置いた美冬はそう言った秋彩の方へ、手の甲を差し出す。「本当は同族が好ましいんだけどね」と何てこと無いように言った秋彩は、彼の手の甲へちくりと針を刺す。
この手の簡単な――とは言っても手の込んだ難しい儀式の際には傍に置いてもくれないけれど――儀式の時、秋彩は必ず美冬の血か、秦郡神社で行う時は真子の血を使う。自身と秦郡路の血は“あちら側”には濃すぎて使えないのだという。
神主という立場がそうさせるのか、それとも何か別の―――そこまで考えて、どうせ核心に迫る事はいつも曖昧に笑って調弄されてしまう、と美冬は諦める。そんな事よりも今は、彼等を元の場所へ返す事が先決だ。
――――ちょっと遊んでただけじゃない!
――――アキサイのけち!
「管理人直々のご依頼だからね」
秋彩は籠を開け、中から二匹―という数え方が正しいかはさておき―摘み出して、美冬の血を垂らした紙の上に置いた。
不思議な事に、飛び去って逃げて行きそうな妖精達は一切の抵抗をせず、紙の上にコロンと転がる。
「秋彩さん、逃げていかないんですか?」
「この紙は特別製でね。少し前に
「餓者髑髏様…というと、表の門扉から堂々と入ってきた呑んだ呉様ですね?」
「この間境内を酒の空き瓶だらけにされたの、まだ怒ってるのかい、美冬君」
餓者髑髏、と聞いて、美冬は半年程前に表の、人間用の門扉から堂々と入ってきた自称大妖怪を思い出す。
「秋彩は居るか?」と神主の所在を尋ね、丁度所用で出ていた神主の代わりに応対すると、帰るまで待つ、と言って境内で酒盛りをし始めたのだ。
境内に当たり前の様に居座り、そこら中に酒瓶を転がり散らかす餓者髑髏は、確実にこれらを片付けるのは自分であるとため息を吐いた見冬に、「お前も飲むか?」と能天気に酒瓶を差し出す始末。
結局その後帰ってきた秋彩に、軽く咎められていたけれど、あの様子では反省はしていないだろうと美冬は思う。
閑話休題。
そんな呑んだ呉の依頼の対価は、今回の脱走劇を締め括る代物だったらしい。そんなものを軽々と対価に出来るとは。腐っても大妖怪だな、と美冬はほんの少し餓者髑髏を見直した。
妖精は神の遣いであるからして、神力の込められたモノ以外では意味を成さない。だが逆に、神力の込められたモノであれば妖精達にとって太刀打ちできない代物になる。
だからこそコロリ、と可愛らしく転がった妖精は何も出来ないまま、“あちら”へ還す準備をする秋彩を眺めていた。
秋彩の弟子になって数年。こういった不思議現象は見慣れてきたつもりだったが、やはり完全に“そういうもの”だと受け入れてしまうには、まだまだ時間が必要だと心の中で自嘲する美冬だった。
「それでは、還そうか」
秋彩がそう呟くと、周りの音がわざとらしく止まった。まるで彼の次の言葉を待つかのように。美冬は秋彩から半歩後ろへ下がり、師の背中をじっと見つめた。
両の掌を合わせ、目を閉じる。身体の中でふつふつと溢れる霊力を、合わせた掌の中心へと集中させる。
すぅ、と口で息を吸う。
「 此の地での迷ひ子等を
彼方の御許へ還し進らす
然れども 是は我が血筋に繋がらず
願はくは 御霊よ これを赦し給へ
二度と斯かる因果の結ばれざらんことを
創造の理に誓ひ奏す 」
嗚呼―――、と思わず出そうになる感嘆に、美冬は色が変わるほど唇を噛む。駄目だ、今は邪魔しちゃいけない。“あちら”と“こちら”を繋ぐ儀式に邪念が入り込んではならないからだ。
秋彩の祝詞が終われば、辺りの音が徐々に戻る。まるで儀式の間に無理矢理息を止めていたみたいに。はああ、と大きな溜め息が聞こえてきそうな音の戻り方だな、と美冬はどこか遠くで思った。
「――ゆくん、…美冬君、」
「えっ、あっハイ!」
「大丈夫かい?」
「だ、大丈夫です…。すみません、ちょっと…やっぱり慣れないなぁ、って」
照れ臭そうに、だけれど少し焦りを滲ませてそう言った美冬に秋彩は微笑む。
「大丈夫だよ。僕も最初は全然だったんだから」
「…秋彩さんはいつもそう言いますけど、そんな風には見えないから、あんまり信じてません」
「おや酷い」
軽い調子でははっと笑った秋彩は、もう何も乗っていない紙を振り返る。そうして、脇に置いた虫籠を開け、中からまた妖精を二匹取り出した。
「さ、“あちら”と繋がってるうちにささっと還してしまおう」
「は、はい!」
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