拾伍話目 叱



「ふぅ」


「お疲れ様です、秋彩さん」


 虫籠の中の妖精を全て“あちら”に還した秋彩は、軽く息をつく。疲れている様子は無いが、面倒事がやっと終わったと言わんばかりの表情だ。


「ところで、秋彩さん」


「ん? どうかした?」


「その、ちょっと気になった事があって」


 賽銭箱の後ろ、本坪鈴を丁度見上げられる段差に腰掛けた秋彩に、温く淹れた茶を差し出した美冬はその隣へ腰を下ろした。


「気になった事?」


「その、…妖精を探す前に言っていたじゃないですか。“裏切り者を探す”って。それって、妖精の事ですか?」


「うーん…はは、…あーっと…」


 美冬の問いに目を逸らす秋彩。その様子に首を傾げて、それからその誤魔化し方に妙な既視感を覚える。この人まさか…


「あの、美冬君…怒らない?」


「内容によります」


「うっ…」


 昨夜の夕餉を作る最中、ふと過った“嫌な予感”。いや、そんなまさか。普段から散々言っているはずだ。秋彩も「耳に胼胝が出来ちゃう」と呆れ半分に、だけれど美冬が怒れば何よりも面倒な事になりかねないので真剣に聞いてくれていた…はずだ。


「その、昨日ね。秦郡路の所に行っただろう?」


「ええ。月に何度かある会合、でしたよね?」


「会合内容はね、秦郡路の所の物置小屋にあったはずの宝石壺が誰かに盗まれたって話で」


「え! 大変じゃないですか!」


 さらりと告げられた真実に美冬が瞠目する。この神社で扱っているものも大層な代物ばかりだが、秦郡路の所で扱っているものもそれなりのものばかりだ。ましてや、あの神社は常に“あちら”と繋がっている、彼らの通り道でもあると秋彩に教えられた事がある。

 ならばそんな場所に預けられている宝石壺が盗まれたなんて知れれば、界隈全体が揺らぐ事は間違いない。


「うん、あの宝石壺は質の高い柘榴石ガーネットを生み出す代物だ。もし、人間の世界なんかに持ち出されたりしたら…」


「…ぅわっ…考えただけで恐ろし………えっ、いやまさか…」


「うん。僕はその“まさか”かなって思っているよ」


 美冬の顔が更に青褪める。

 御飯の味付けに重宝している味噌壺も、ひとりでに宝石を生み出すという壺も、人間の世に出てしまえば最後。無垢な悪意や無責任な善意、卑劣な好奇に晒されていつしか完全なモノでは無くなってしまう。それは人間が自我を失うようなものだ。壊れた心は元には戻れないのだから。


「じ、じゃあ! 早く、取り戻した方が…!」


「だから“裏切り者”だよ」


「へ…っ?」


「よく考えてご覧」


 思わず腰を浮かした美冬の鼻先を、少し指で弾いて落ち着かせた秋彩は、その指をピンと立てて話を続ける。


「そもそも秦郡路の神社に繋がる常世門は、意思を持たないまま潜ると、あらゆる世界に飛ばされてしまう“あちら”と“こちら”の境目だ。そこへただの人間が迷い込んで、宝石壺だけを盗んでいく、なんて。……ふふ、有り得るかな?」


「…な、なるほど…」


 美冬は秋彩の推理に畏敬の念を抱く。

 常日頃から思っている事だが、この師は誰に対しても物事を順序よく話してくれる。だからこそ、話の流れを理解しやすいし、そこから質問もしやすい。師になるべくしてなった、と言われても何の躊躇いもなく頷いてしまうような人である。


「宝石壺を盗んだ人間、をあの神社の物置小屋へと案内した“裏切り者”が居た。と考えれば辻褄は合うね」


「……で、その“裏切り者”が先程還した妖精達、ですか?」


「そう。彼等に“裏切った”、“盗んだ”、のような自覚は一欠片も無いけどね」


 今さっき還した彼等は善意も悪意も知らぬ生まれたての妖精達。情緒を学ぶ機会から逃げ出してきた彼等が、悪意を持った人間と偶然にも接触してしまった、という事になる。


「…何て、間が悪い」


 恐らく大正解であろう想像に天を仰いだ美冬は、ふと思い至る。

 何故、秋彩はこの話をする前に美冬へ「怒らない?」と気まずそうな顔をしたのか。

 そして何故、秋彩が“裏切り者”を探していたのか。


 …………。


「秋彩さん」


「……ん、ど、どうかしたかい?」


「秋彩さんはその会合で何を頼まれたんですか」


「え、…ああ、…いやぁ、」


「何を、頼まれたんですか?」


 下唇を軽く噛んで顔ごと逸らす秋彩と、そんな彼を蔑みを含んだ目で見つめる美冬。


 一拍置いて、気まずそうな方からため息が聞こえた。


「……、盗難事件の解決を、…と…」


 観念した秋彩から飛び出した言葉に美冬はわなわなと震え、そしてついに立ち上がった。


「貴方はまた!! 何度も何度も、何度も!!! 言ってますよね、秋彩さん!!!? 貴方はこの神社の神主なんですよ!!! “探偵”の真似事なんて辞めてくださいって何度言ったら理解するんですか!!!!!」


 雷鳴の如き有様である。

 小さな妖怪から、餓者髑髏のような大妖怪に至るまで「困った困った」と彷徨うさまを見てしまえば、何の躊躇いもなく手を貸してしまう秋彩は、ちゃちな事件から命に関わるような事件にまで首を突っ込んで、彼を知る妖怪達から“名探偵”と呼ばれていた。

 秋彩自身その呼び名は嫌がっているようだけれども、元々持ち合わせている頭脳と容量の良さのお陰で、誰がするよりも迅速な事件解決になってしまうのだ。

 そのせいで、普段から秋彩を頼り訪ねてくるアヤカシの何と多き事か。

 訪ねてきたアヤカシの対応に追われる羽目になっている美冬は、度々眉を顰めて「探偵の真似事は止してくださいね」「あくまで貴方は神主なんですから」と苦言を呈していた、のだが。


「まさかとは思いましたけどね? でもあんなにいつもいつも言ってるんですから、さすがに今回は違うだろうと思ったら案の定ですよ…! ちょっと秋彩さん、聞いてます?」


「あー…はい、聞いてます…………ご、ごめんよ美冬君。そう怒らないでおくれ」


 眉を下げて謝る秋彩に、少し情が傾く美冬。師匠の顔に弱すぎる弟子である。表の門扉の上、師弟のやり取りに小さなアヤカシ達がくすくすと笑いを零していた。






 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る