上に参ります

 まぁ、タイトルでお察しの内容ではあるのだけれど。


 ある日、とあるマンションにお邪魔した帰りのこと。

 夕日が射し込み、歴史を積み重ねた手すりは随分と草臥れて、足元も汚れている。そんなに上等なマンションではない。

 とはいえ、自分もそんなに上等と言えるような暮らしをしているわけではないので余計なお世話ではある。あるのだけれど、そう言いたくもなる。


 とろりとした茜色に染まった廊下。周りの民家にもちらりほらりと明かりが灯り、そろそろ昼と夜が交代する。そんな一瞬の時間の中私は、マンションの一番下の階層からそろりと登ってくるエレベーターをゆっくりと待つ。


 手持ち無沙汰だったが、無言で待つ。口を開いても良いことはない。


 しばし後、ちん、と小さく音がなり、エレベーターがこう言った。


「上へ参ります」


 ここは、最上階だが。

 屋上には行けるのだろうか。行ってみても良いことはない。


 鉄錆の赤い臭いが漂う。


 私は諦めて、マンションの階段にゆっくり向かうことにした。

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