失せ物
失せ物探しという技能がある。これを生業にする人もいる。要は、失くしたものを探し出す技術だ。持ち主が忘れていそうなことを思い出させたり、置き忘れの発生しそうな場所を特定して探し出す。そういう技術を指す。
なので、自ら消えようと思ったものを見つけ出すのとはまた少し違う能力だと考えられる。そちらはむしろ、狩猟や説得などにやや近い。
故に、失くしたモノを探し出して欲しい、と請われた時は大層困った。
夜のファミレス。家族連れはとうに居なくなり、薄っぺらい明るさが店内を照らしていた。怜悧な闇を無理矢理引き剥がして、ピカピカと煩い主張が目に痛い。
外食を好まない私には馴染みのない場所で、斜め前に座っている相手も同様だ。救いは真正面の相手が知り合いだということだが、私にとっての問題を引き起こしたのも彼女である。
「霊能者の人だよね」
斜め前の彼が言う。
「違います」
断言で返す。
「なくしたものを探してくれるって」
話を聞いていないのかこいつは、と呆れ返る。
「やってません」
誰だ、こんなことを吹き込んだやつは。
もちろん、目の前の私の知り合いだろうことは予想に易い。
「先輩、ペンダント時計の件でそういうのもできるのかなって」
言い訳のように、いや実際言い訳なのだが、そんなことをもごもご口にする後輩。
私を一体なんだと思っているのだろうか。
ため息を聞こえよがしについてから、断りを入れる。
「失くしたものなら、失くしたと思われる場所を探すか、失くした日の足取りを追うのが基本です。あとは癖で自分が物を入れる場所を手当たり次第当たる。それ以上のアドバイスはできませんよ」
失せ物探しなど、本業でも仕事でも無ければ、なんなら特技ですらない。
私はさっさと切り上げたくて仕方なかった。
「ほら、でも先輩頭良いから、手伝ってくれると早いかなーって」
「頭が良いわけではないので私が手伝う理由にはなりませんね」
食い下がる後輩を切って落とす。
「ねぇ、この人ホントに使えるの?」
後輩の隣にいる男性がこういうので、鼻で笑ってやったら怒りの表情を露わにした。
「使わせるつもりは無いので帰りますね」
「話だけでも聞いてくれませんか! ここ奢りますから!」
食い下がる後輩。
「食事は自分の家でします」
言葉で切り落とそうかとも考えたが、後輩が食い下がるなら理由がある。彼女は理由のないことはしない主義だ、とは言わない。それでもなんの訳もなしに人を呼び出す人間ではない。
無駄かもしれないが、無意味ではないのだ。少なくともその方面の合理性を持ち合わせている人ではある。
「ですが、話してみれば解決する可能性もあります」
本来の依頼主は納得していない顔だが、後輩は目を輝かせて口火を切った。
「家に入れないんだそうです。鍵をなくして」
言葉を聞いて逡巡する。
根が深そうだ、と判断した。
「警察には届けましたか?」
「いいえ、あ、はい」
煮え切らない回答。まぁ、そうだろう。
「新しい鍵ができるまで、実家なり友達の家なりで過ごせばどうです。家の中に鍵がある確証をお持ちなら、大家さんに開けてもらうだけでも解決します」
もちろん相手の欲しい回答はこれではない。
「そうじゃなくて。鍵を探してほしくて」
ずっと黙っていた男性が口を挟む。むしろそちらに喋ってもらったほうが早い。
「鍵を探す」
私は繰り返す。確認のために。
「聞いてた? そういったよな?」
そう。
究極的にはそこなのだろう。
「家に入る、ではなく。鍵を探す」
繰り返す。
自分の異常さに気付いていないのか、見て見ぬふりをしているのか、怪訝な顔が並ぶ。
「良いですか、家に入るだけなら方法はいくらでもあります。でもあなたは鍵を探して欲しいと言っている」
つまり、
「最も重要視しているのは、鍵。もしくは扉を開けるという行為そのもの、だと取れましたがいかがです」
鍵とはつまり扉を開けるためのものであり、扉とは境だ。その境界の行き来を許可するものが鍵である。
つまり、この男がほしいのは許可である、と言い換えて良い。
そうなんですか? と疑問の声を上げる後輩。
「あまり人を騙すのは関心しません。何の鍵ですか」
私の言葉に男性は苛つきを隠す様子もなく、
「家の鍵だよ!」
怒鳴り声で応じる。
耳目が集まる。静かな夜のファミレスだ。当たり前だろう。
「誰の家ですか?」
「そんなこと関係ないだろ!」
関係ならある。そんのこともわからないわけがない。つまり、誤魔化したい部分なのだ。
「今のは事実上の白状だと思うんですが、確認だけ取ります。そこは、あなたの家の鍵ではありませんね?」
指摘した瞬間、目に見えて怯む男。そうなんですか? とでも言いたげな後輩の顔。
男は恐らく、後輩に嘘をついたのだろう。
「この子にはなんと言って協力を仰いだんですか? 正直に仰ってください。そうすれば問題解決に一役買える可能性があります」
鈍感で純朴がゆえに大らかな後輩を騙していたのなら、話は別だが。
「自分の家の鍵を探して欲しいっつった」
「ですが、それはあなたの家の鍵ではない」
そうだよ、うるせぇな、と吐き捨てる男。
それなら、私から手伝う義理は無い。
「嘘をついて連れてこさせた以上、あなたは信頼できません。この話はお断りします」
男の舌打ち。
戸惑う後輩に声をかける。
「相変わらず男の趣味が悪いよ。蓼食う虫も好き好きとは言うけど、大事な部分で嘘をつく人間はやめておいた方がいい」
さて、と一息置いて、帰り支度を始める私。凍りついたような空気の三人を捨て去りソファから立ち上がる。
私の真横でずっと男を睨んでいる女にだけ聞こえるよう、呟く。
「あなたもです」
怪訝な顔の男。疑問の声を上げる後輩。
しまった、聞こえたか、それとも仕草でバレたか。
まぁ、どちらでもいいか。
女は私のほうをちらと見やり、しかし無言でそのまま視線を戻した。
「信頼を失くしたら人間関係はそれでお終いです。今回は縁が無かった、ということで一つ」
捨て台詞を置いて深夜のファミレスを闊歩する私に、幾つかの恨み言が投げかけられたが、無視する。
拾わなければ、捨てることも失くすこともない。
障りがあるものに触らないのが私の主義だ。
腥さを伴う痴情のもつれなど、誰が触れるか。
そう、私の隣の女は腥かった。
食欲など湧くものか。
腹の膨らんだ腥い女の胎にあるものの出入りを許可しなかったのは男の方だろう。なら、物理的に締め出されるだけで済んだのは温情ではなかろうか。
まぁ、生まれても良い事はそんなに起きない。なら、鍵は失くしたままでも良かろう。それでも這い出てくるのが赤子だが、そこは男のいない空間として閉じた場所になる。
なら、多少はマシにはなるのではなかろうか。
独り親の辛さは実感したことはないが、どちらにせよそんな腥いモノに触りたくはない。
人は、臭うのだ。
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