呪いのビデオ

 まず、ビデオという存在がなかなかに古い。解らない人は「VHS」という単語を手に持った板で調べるか眼の前のキーボードに打ち込んでグーグルにでも聞いてみて欲しい。

 面倒なら、とりあえず古い映像媒体の四角い箱だと思って欲しい。再生機具も当然めちゃくちゃにでかい。今考えると信じられないくらいだ。


 さて、そのビデオのテープ(VHSというのはこれを指す)だが、たまに死者から送られてくるものがあるらしい。

 この前書いた、環境に適応した幽霊の一昔前バージョンだ。

 今だったらLINEだろうか。もしくは故人のSNSがまだ投稿を続けているパターンか。Twitterは時々故人の関係者が死亡報告を挙げているので、幽霊にとって入り込む隙はやや狭いかもしれない。


 だが、ビデオはそうではない。

 宛名不明で郵送されてくるのが最も多い例だそうで、時には「何故か家に存在していた」ということもある。

 所謂呪いのビデオというやつだ。


 現在ならYouTubeに広告としてあげればかなり拡散力があると思うのだが、幽霊はセキュリティ突破がなかなかできないらしく、そういう話はとんと聞かない。


 つまり、昔はそれだけ大らかだった、という話でもある。



 さて、拡散すると呪力が増す。感染呪術というもので、一番身近なモノは金銭だろうか。信じている人が多ければ多いほどその効果は強なり、その共同体の中で影響力を増していく。日本国内で千円札は強大な影響力を持つ。ライターを買うのも簡単だが、ヒマラヤ山中では火を起こすのにすら使えない紙だ。

 だいたいこの理解でいい。



 今現在、呪いのビデオは微弱な影響力しか持てない。再生機器が無いからだ。

 なので、かの千里眼事件が元ネタになった貞子も、今では映像を見ると呪われる存在から、撮ると呪ってくるアウトドア派に転向した。

 

 そして、そんなもの時代遅れの代物が手元に来た、と連絡された。



 おいおいおいおいふざけるなよ、と思いながら電話に応じる。

 今時分流行らないだろうそれは。


「臭いませんよ」

 即断即決で返す。私の手には負えない。シンプルに警察沙汰だ。

 それじゃあ、と会話を終わらせようとする。

 私は電話が得意ではないので通話のときはスピーカーモードだから、相手の機微が少しだけ伝わってしまう。

 今回はそれが災いした。


「独りで、困ってるんです」

 そう呟く声が聞こえた。

 そりゃそうだろうよ。新居に移転した後輩の悩みにわざわざ休日の時間を割く私も絶賛困っている最中だ。よくわかる。


 だから、

「私には何も出来ませんよ」

「でもくろかわさん、占い師だって」

「違います」

 断言する。ちゃんと占いの勉強をしたわけでも修行をしたわけでもない。


「だいたい、うちにビデオなんてありませんし……」

 令和の新居にビデオデッキがあったらそれはそれで面白いが、黙っていることにする。

「とりあえず、それは保管しましょう」

「……はい……はい?」


 不安になるのだろうと推測はつく。


「まず思いつくのは、ストーカーです。捨てたらエスカレートするパターンと、捨てないと図に乗るパターン」

「どっちも詰んでませんか……」

「ストーカーに狙われた時点で終わってるので一旦そこは横に置いておきましょう」

 はい、とか細い応えが電話口から漏れる。


「前者の、捨てたらエスカレートするパターンは喫緊の問題になります」

「どうしてです?」

「捨てる現場を見られているからです。犯人は近くにいますから」

 えぇ、と心底嫌そうな顔が想像できる音を捻り出す後輩。


「次に、捨てないと図に乗るパターン。まぁこれは、普段どおりに生活してください。何も無かったアピールすると次の犯行に繋がるので、」

「駄目じゃないですか」

「駄目じゃないんですよ。実績を積み重ねると警察が動けます。証拠物品として一定期間残しておいてください」

 えっと、つまり、としどろもどろになりながら唸る後輩。


「つまり、これ、しばらく持ってなきゃ行けないんです?」

「私ならそうします」

「間違いで送られてきたとか……」

「その線は考えません。宛名は無いんでしょう?」

「押忍……」

 にっちもさっちもいかなくなって、昔の癖が出たようだ。


「再生は、しないほうが良いですよね」

「少なくとも今はしないでくださいね」

「はい?」

「あなたが感染するのは自由なんですけど、私にまで波及するのは、ちょっとねぇ」

「鬼ですか」

 しょうもないやり取りが続く。


「釘は刺しましたからね」

「刺されました……。ところで、先輩」

「はい」

「さっき”それ”って言ったのは、その」

 昔から勘のいい子だった。この状況になる前にそれが少しでも働いてくれればな、と詮無いことを考える。


「見えて、ます?」

「いや、残念ながら、そっちじゃないです」

 だって、

「あなた、じゃなくてあなたの本体。少し前に結婚したでしょう」

 自覚が無い。こういうのは稀にある。


「私は”それ”と言いましたね。そしてあなたは”これ”と言った」

 無言。

「これ、と言うのは基本的に手元にあるものを指します。つまり、その妙なテープを手元に持っているわけです。怖がってるんだからそれはおかしいでしょうよ」

 無言。

「言わなきゃ解りません? 電話切っても声聞こえますよ」



 ──同じ部屋にいるんですから。



 そういうと、後輩は目を見開く。手に持ったビデオテープは実物とはかなり違う。本物を見たことのない世代が想像したであろう、黒くて四角い長方形。そこしか合っていない。中央のテープが存在していない。仕組みを理解していない。状態が判っていない。機能が伴っていない。


 ぷつりと電話を切って、スマートフォンを充電に繋げる。私のものは少し古く、すぐに電池が切れてしまう。それでも構わないような使い方しかしないから困ったことはないのだが。


「”あなた”にはこっちから連絡しますから。今日は取り敢えず消えてもらえます?」

 休日はその名の通り休む日だ。趣味以外のことはしたくない。



 この話を本人にしたら、大笑いされたあと、離婚したんですよ、と言われた。

 本人からは許諾済みの、昔話である。

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