踊る
タイトルを
社会の中で過ごすというのは存外面倒くさいもので、社内レクリエーションはその最たるものだと言って良い。
特に話題もなく、見慣れた風景を集団になってとぼとぼ歩く。これが学生服の集団なら季節によっては修学旅行に来た一団に見えるだろう。しかし全員オフィスカジュアルで、しかも年齢はバラバラ。奇妙な光景だが、私の所属している会社では度々起こる怪奇現象の一つだ。
即ち、部署内での遠足である。まぁ理由は解る。上の人間も、なんとか仲良くなるきっかけを作りたいのだろう。友人は自分で探せば良いし、それを趣味以外の場で求めない人間にとっては、全くもって不必要な行事ではある。残念ながら職場内恋愛や結婚はままある事例だ。こういったレクリエーションを契機に親密になる
私はただただ所属しているというだけの理由でくっついて回る羽目になった。できれば仕事の時間は仕事に充てたい。歩いているだけで給料が発生するならずっと歩かせてくれ、とも思う。
とにかく、私にとってその時間は中途半端な間隙で、他人の人間関係を観劇する他何も無いのだ。
休憩場所に設置されたベンチに座り込み、時間を潰していた。
私の興味は他人になく、ただ別の一点に注がれていた。
噴水である。
水の飛沫が辺りに飛び散り、水滴がコンクリートに吸い込まれていく。秋空の乾いた晴天はあっという間に水分を空中へと発散し続けていた。
少し考えてみて欲しい。
噴水はその設計上、基本的には縁の外まで水が飛ばないよう作られているはずだ。それが何故か一部だけ、ぱしゃぱしゃと器の外へと透明な光りを屈折させる球体が飛んでいく。まるで誰かが噴水の中でくるくると舞っているように、一箇所だけ水滴が跳ね回っている。
有り体に言って異常である。
今日も異常事態だ。まぁいつものことなので気にしない。
特に匂いは無い。相手はただの水なので、臭いらしきにおいは無い。距離もそこそこあったので、もしかしたら純粋に知覚外だった可能性もある。
しばし眺めていると、踊りが唐突に止まる。
あ、これは気付かれたな、とは思った。ただ、臭いが無い以上は障りも無いなと判断して、そのまま放っておいた。
すると、足跡だけがとてとてと近づいて来た。
足のサイズは子供くらいだ。素足のようで、指まではっきり見える。河童、山童の類いでも、獣の形でもない。人間のそれだ。
私の前でそれは止まり、一瞬後に水を周囲に撒き散らした。スカートの裾を摘んで一礼でもしたのか、頭らしきにある髪の毛と思しきものから雫が滴る。
「悪いけど、ダンスをしている時間は無いんだ」
休憩時間は終わりが近づいていたし、ステップの踏み方も解らない。何より周囲に他の人間がいる。見られたら社会的にアウトだ。
「踊れたら楽だろうけど、他を当たって」
これは本心だ。
そう言うと、それは悲しげな痕跡を残して噴水に帰っていった。
障りは無いだろう。そういう性質のものなら、もっと違う臭いがするはずだ。
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