摘む
電車内でのことだ。
帰り道は人でごった返して、車内は人の熱気で蒸していた。どこを見渡しても人の頭がぞろりと並ぶ。皆一様に首を下へともたげ、手元の機械を睨みつけて指で画面をなぞるばかり。髪の色、年の頃、性別、服装、時には人種まで別々なのにもかかわらず、動作はなべて同じことを繰り返す。
工場に陳列されて完成を待つ人形のようなそれらは、別段異常な光景というわけでもない。
周りを見渡してみるといい。帰宅ラッシュの時間帯に電車賃さえ払えば、誰にでも見られる光景だ。
その中に異物をうっかり見つけた。
電車を待つ時間に感知できなかったので、車内にいたのだろう。席に座った私の目の前に、そいつはやってきた。ごく普通のサラリーマンの肩に載っている。私も似たような境遇だが、あちらは少し障りのあるモノに見えた。
見えた、のだ。
私に見えるということは、相当だ。私は鼻以外ほとんど利かない。
かなり自己主張の激しい存在のようで、勘付かれると目をつけられそうだった。最寄り駅までやり過ごすしかない。いきなり立ち上がって車両を変えるという選択肢を取る勇気は無かったし、途中下車したら間違いなく座れないだろう。少し遠出していたので、立ちっぱなしは避けたい。そんな理由で、私も周囲に紛れてスマートフォンをいじる作業に集中することにした。特にすることもないが、電子書籍でも読み返せばいいだろうと考えていた。
無視してしまえば居ないも同じである。そういう儚い存在だ。
と、思っていたら、突然目の前のサラリーマンが信じられないことをした。
ひょい、と肩に乗っているそれを摘み上げ、見知らぬであろう隣の女性に擦り付けた。
正気か? いや、正気だからできるのか。
理性的な判断だが、真似をしようとは思わない。やるなら精々、投げ捨てるくらいだ。もう一度殺してやれば大抵は帰るし、また憑いてくるなら殴り飛ばせば良い。
確かに他人に擦り付ければ確実だが、それをやってしまったら肩に乗っている障りと何が違うのか。
生きている人間を直接殴るわけにはいかない。こっちのほうがよほど厄介だ。
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