ここ最近、ずっとおかしい。

 いや、いつもおかしいと言ってしまえばおかしいのだから、ここ最近という言い方が正しいかどうかはかなり怪しいのだが。

 まぁ、いい。

 異常かどうかは自分で判断できることじゃない。


 さて、最初は夢の話からだ。最近の出来事なので当然、例の彼女は出て来ない。


 夢の内容は様々だ。

 今日はゲームだった。薄暗い部屋の中、死んだ祖父とTRPGをするという全くもって意味不明なものだった。ダイスだけがやたらと光り、自分たちの姿をゆらゆらと照らしている。ダイスは様々に色取り取りに彩どられており、どうやら面体が多ければ多いほど白に近づく法則があるようだ。友人──ツイッターで一緒にTRPGを遊んだことがある人だ──が持ち出した百面ダイスは真っ白だが四面体は黒光りしていた。暗闇の中で黒が見えるのかと問われると、夢なのだから仕方あるまい、見えていたのだ。まぁ、そんなものである。

 どうやら自分はGMで、祖父はやたらと楽しみにしているようだ。システムは恐らく天下繚乱。自分は初版しか知らない身だが、老人に回すならこれだろう。覚醒している時分にも納得のシステムである。

 シナリオの具体的な中身はよくわからない。多分大岡越前をモチーフにしたものだと思われる。なぜかと言えば夢の中の祖父は「こういう話が遊びたかった」という旨の発言をしていた、と思う。寝ている間の出来事だ。記憶が曖昧模糊としているのは許して欲しい。

 そもそも天下繚乱で百面ダイスが出てくる理由が解らない。あれは六面ダイスだけで遊ぶシステムで、数こそ必要だが面数は一種類だ。キャラクターシートの見えない真っ暗闇の中でプレイしているのも意味不明だ。痴呆の始まっている祖母も愉しげに参加している。死人と一緒に遊んでいるんだ、呆けくらいどうだっていいだろう。

 兎にも角にも、理由がよくわからないことだらけだ。ツイッターの友人、失くなった祖父、痴呆の進んだ祖母の三人をプレイヤーに灯りも点けていないような部屋でTRPG。皆一様ににこにこと楽しんでいるようだった。

 ようだった。そう、自分にはよく解らない。


 何故か。

 がちがちがちがちと音がする。他の会話がほとんど聞こえない。

 話も聞こえないのにGMが出来る理由も解らない。がちがちと音がする理由も解らない。

 ただただひたすらがちがちがちがちと頭の中で谺する。


 最初は──夢の中でこの音がし始めた頃は──金属をぶつけあわせているのかとばかり思っていた。

 がちがちがちがち。

 ただ、少し違うな、と最近思うようになった。



 別の夢の話だ。

 何のことはない夢で、ただ家から職場に行くだけの夢だ。特別なことは何もない。昔の職場に向かって行く道をてくてくと歩く。丘を降りてさわさわと葉擦れの起こる狭い道を下っていく。天気は快晴。澄み渡るような蒼穹とふわふわの雲。夢の中だから暑さは感じない。蝉時雨が木々の間から木霊する。夏のイデアを固めて絵にしたような夢だ。先と同じように何かがぶつかる、がちがちという音もある。この音を除けば理想的な夏だ。本物もこう快適なら言う事無いが、これは現実ではない。

 夢の中には匂いが無い。


 匂いについては、まぁ、前の話を読んでくれ。


 とにかく、現実ではないというのもすぐわかった。わかっていたし、昔の職場へと赴こうとしているのも判ったのでさっさと醒めて欲しかったが、これが上手くいかない。

 金縛りの類いは気合で抗すればいいものの、こういう何もない夢から抜け出すのは難しい。死ねばいいのだが、その手段がない。人もいない。犬もいない。車もない。電車まで到達もしない。もう少し注意深く観察していれば、恐らく蝉もいなかったろう。音だけいたはずだ。

 さて、駅へと入っていく頃に世界が急な暗転をする。

 やれやれようやくかと呆れ半分だ。半分覚醒しているようなものだからあまり夢は見たくない。

 そんなことを考えていたら、完全な覚醒までの一瞬にあることが起きた。


 とある強烈なイメージが頭よぎる。


 歯だ。

 正確には、歯型だ。

 人の歯型。

 入れ歯とも違う。

 人の体を正確に模した人形を作り、そこから歯茎と骨をくり抜いたような形。否、それにしては異様に犬歯が長い。


 なるほど、これが音の正体か。

 そう得心していると、歯ががちりと噛み合う。


 がちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがち。


 そんなに自己主張しなくても聞こえている。

 

 思い当たる節はある。

 先程人形と形容したが、それだ。そういう人を模した形に好かれる性質なのだ。

 今、左肩の辺りに口の主が憑いている。

 時折背中から腕が生えるような感触もある。形は人形の腕……球体関節というやつだ。知らない形だったから調べるのに少し苦労したが、まぁこれは余談だ。


 背中から腕が生える時はだいたい、何か良くないものが近づいている時に限る。

 どうにも、宿主を守ろうとして出てくるようなのだ。


 だから、このがちがちという音もなにかの警句なのだろう。

 彼女(女の子の人形だ。女性と書こうとして「そんな歳じゃない」と怒られた。女性では大人のニュアンスが強いと思われたのだろう)は声が出せない。そういう機能を持たずに造られた。代わりに、顔の形が般若のようになる機能がある。

 その時の口だ。異様に犬歯が長い。何かを威嚇している。


 怪談話を聞く趣味があるのだが、時々「当たり」がある。本当にあった怖い話の中でも本当にあったものだ。実話怪談のていで本物の怪異に感染する。よくある。大抵は左肩の女の子が追い払う。

 その「当たり」を引いてから彼女が警告を発し始めた。

 がちがち、と。


 近いうちになにかあるかもしれない。

 その時はまぁ、その時だ。



 別の話をする時に右肩に憑いているほうも話に上げるかもしれない。

 その時はまぁ、その時だ。

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