十字路
私はプロフェッショナルでもなければ真っ当な作家でもないので、書きたいものを書く。
もし前回が好評だったら、普通は事前感知能力のある彼女と、感知精度の高い私にバディを組ませて事態を把握し、しかし学生という弱く信用の無い身分故にままならない、という作劇を続けるだろう。
今回はそうではない。
私はきちんとした作家ではないし、これはただの体験談を気晴らしに書き散らしただけのもので、推敲すらしていない。
そういう話だ。
大学を出たばかりの頃だ。
内定をもらったはずの私は当時アルバイトをしていた。何故かと言えば同年三月ごろにその企業が倒産したからであり、とにかく家に居場所が無かったからだ。就職活動には行かなかったというより行けなかった。精神的にまいっていて、朝早く活動できる状態ではなかったからだ。
バイト先から一歩出た私は、いきなりの匂いにげんなりとした。
これは、もらい事故だ。残念ながら一発で判った。
自己アピールに余念のないそいつは私の鼻をつき、こちらへ来いと誘ってくる。
正直、面倒だ。浮遊霊の相手は嫌いだし、地縛霊なら更に面倒くさい。撒き餌を広げて知覚できる人間を引っ張ってくるスタイルは、だいたい地縛霊かその場所に因縁のある幽霊だ。
人間より面倒くさいということはないが、それでも嫌なものは嫌なのだ。
とりあえず誘いに応じて渋々匂いを辿っていく。
臭いな、と思いながらとぼとぼ歩く。
夏ということもあってか、夕闇の藍に包まれ始めた空はまだ熱を持ち、アスファルトは昼間の太陽を吸い込んで、歩くものを焼き尽くさんとしている。太い車道を横目にスニーカーを踏みしめる。
暑い。
都会では星も見えないし、夜景が綺麗と言えるほど高い位置でもない。というか、車道以外にはコンクリートの壁しか見えない。道も細い。その上臭い。
書いていてかなり気が滅入ってきた。歩いている時もそれくらい最悪の気分だったと思い出す。
しばらく……一駅くらい歩いてからだ。突如道が開いて、十字路が見えた。
最悪を更新した。
十字路といえば交わる位置の意味を持つ。しかも時刻は夕刻だ。黄昏時は誰彼時とも書ける。誰が誰だか判らない、という意味だ。
つまり、得体の知れないものと交わる場所である、ということになる。
だいたい事情が解ってきた。
十字路には花束が添えてあり、それは枯れかけていた。備えられたのは三日前というところだろうか。
花の前まで来ると血とアスファルトの匂いを強く感じる。ブレーキはかけなかったのだろう、ゴムの匂いは無かった。
溜息をつく。
私を誘ったのは枯れ花の匂いだ。
こいつは死にたくなかったのに、人間の手で無理矢理毟り取られ、裁断されたのだろう。
完全にもらい事故だ。もう一つ匂いの方を見る。こちらはまだ腐ってない。それ以外の事は解らない。匂いしか判別手段がないから、相手が何を訴えているのか、どんな姿をしているのか、身振り手振りの動作はどうかなど、何も解らない。
仕方なく、しゃがみ込んで手を合わせる。誘ってきたのは花だ。だから花に向かって手を合わせる。可哀想に、と言ってしまうと『可哀想な存在』になってしまうので、決して口に出さない。だから、
「お前も、そこのあんたも、もらい事故だな」
死んだのは解ったから、さっさと消えてくれ。
二つの異臭はすぅっと消えて、私は一人でやれやれと頭を振った。
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