6:魂呼らい
伊勢での日々は、過酷だったが、紅葉はお世話になっている宿で柚季と働くことになった。どのみち鬼無里には戻らないほうが良さそうだったし、紅葉と少しくらい、逃避行して幸せを続けたかった。
「じゃん」と仲居の格好をした紅葉はとても愛らしい。
朝はわたしより早く起きて、朝食を摂りに行き、わたしは伊勢神宮に通ったが、まずは白装束に着替え、ただ独りで祝詞を唱える時間を強いられた。何も考えない時間を過ごすのは、難しいが、時間の速度は変わらない。ただ、感じ方が変わるだけだ。
帰ると紅葉は若奥様よろしく、割烹着姿で出迎えた。ご飯を装ったりして、二人の時間を楽しませてくれた。
鬼無里の話はしなかった。する必要がなかった。
季節は変わり、冬に近づく頃、わたしの瞑想時期は終わりを迎え、いよいよ魂呼らいの儀式に突入した。
「鎮めるは火、呼ぶは石」と磐境を思い出すような石に、七五三縄がかかっており、その石に触れて、言葉を聞くと、穏やかに、流れるようになる。
「孕石という。魂呼らいとは、通常は死者の魂を呼び戻すための黄泉の言葉だ。我ら神職は、全て意識を読み取る訓練を積んでいる。伊勢の代々の斎宮には、隠し名がある」
わたしが顔を上げると、伊勢宮は柄杓に汲んだ水を引っ掻けて唸った。
「興味がある話をすると、すぐに気が散る。その落ち着きなさだから、きみは黄泉で扉を開けて、伊邪那美を怒らせたんだよ」
……黙って従うことにした。しかし、だんだんと自分の事情として内部に入って来て、わたしはわたしの重さを感じられるようになっていった。
――伊勢に来て、一か月。初雪が降った。伊勢では珍しいらしい。半纏を手に入れた紅葉は、濡縁であたたかな甘酒を入れてくれた。
「柚季さんが、心配してたよ。相変わらず子ぎつねたちがわらわらで大変そう」
「そう」
はらはらと散る雪の中、ほかほかの甘酒を口にする。
「紅葉、この国、美しいね。わたし、この国大好きだよ」
紅葉といると、なんと風景が眩い精力に溢れることだろう。雪など何度も見ていたのに、桜だって紅葉だって夏日だって見ていたのに。雪が光ることに、涙腺が緩むなどなかったのに。
「紗冥ちゃん、ますます落ち着いちゃったね。紅葉、ドキドキなんだけど」
紅葉はすすっとわたしの手に手を重ねて、頬を染めて見せる。わたしの疼きは落ち着いて紅葉に向かっていたが、まだ、紅葉に好きだとは言えなかった。
そんなわたしを、紅葉は微笑んでみているだけだった。
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