1:月夜の陵

***

 山車だしに子供たちがいっぱいの紅葉の玩具を挿して、華やかにして、ぞろぞろと紅葉の後をついて歩く。

戸隠に始まり、加茂、内裏屋敷、月夜のみささぎ、春日、松源寺、鬼無里神社、白髭神社、と回って、また戸隠にて終了する。

 これは、かつて逃げ惑った鬼無里の鬼女紅葉が通った道筋の再現だとされている。鬼であったかは、定かではないが、鬼女と呼ばれた由来がある。

大昔の武士の源平合戦の欠片を集めた歴史学者によると、鬼女紅葉は寵愛を受けた男の正妻を呪い殺そうとし、今でいう、西海地方、京特区から流され、戸隠に追放・幽閉された巫女シャーマン名を呉葉くれはであるという。

 しかし、呉葉は懲りず、また京を荒らそうと画策、この戸隠で陰謀を企てた。たくさんの武士をけしかけ、朝廷をも狙う叛乱の首謀者となる。紅葉を密命にて、殺したのは平維茂たいらのこれもち。平氏はかつて三種の神璽を管理していた一族とも遺されている。そしてここから、天皇制度と、三種の神器はしばし途絶えて、また明治の継承に姿を現す。

 紅葉が行脚するは、この維茂が紅葉を追った道筋というも、奇妙な話だ。

 しかも、そのうちの「月夜のはか」は戸隠山に位置し、まさにあの、わたしたちが愛を誓い合った祠だった。

「賑やかだね。一度くらい、行脚について行きたかった」

 氏子であるわたしは、幼少から戸隠神社に詰めている。子供たちがわあわあと紅葉の枝を持って山車に乗るのは羨ましかったのだが。紅葉も鬼無里神社で待ちぼうけを食らっては、こっそりと遊びに来たものである。

「今回くらい、一緒に行っても、良かったんだぞ。いや、行ったほうがいいだろう。山車の速度に追いつけるなら」

 兄を振り仰ぐと、行け、と言っている風情に聞こえる。

「兄貴さまが行くべきなんじゃないの?」

「俺に、これ以上の罪悪感を植え付けるな、妹。ただし、戸隠の月夜の陵の神木には触れるなよ。嫌な予感がする」

 言い残して、奥社に引き上げてしまった。

「……いいけどさ、学校も休校だし。紅葉の舞も見たいし……」

 しかし、この間の伊勢宮と鴉の式神同士の戦いを思い出して、わたしは祭壇の前に膝をついた。兄がやって来たが、構わず剣を掴んで、神社内ならと抜刀を試みたが、やはり何かの力で押さえつけられて抜けない。元々刃物など持ち歩けば大変な騒ぎになる。振り払うくらいは出来るだろう。立ち上がって、剣を固くなった緑青色の鞘ごと腰ひもに突っ込んで、すぐ、わたしは全力で紅葉を追いかけた。それはもう笑っちゃうくらい全力で。

 紅葉祭りは、紅葉が咲くと行われる。鬼女紅葉の通った道を通り、舞を披露してはまた進む。山車にはお囃子団に、鬼女紅葉を愛する区民が乗り込み、面白がった子供たちがぞろぞろとくっついて、鬼無里を回る景色は愛らしいが、実際の紅葉のやったことは残虐だとも、神聖だとも言われている。しかし、ここ戸隠においては、として、伝わっている。

 やっと追いついた時、紅葉は山車の近くで、何やら子供と戯れていた。

「ありがと!」と紅葉の枝を受け取ると、わらわらと子供がやって来て、あっという間に紅葉の腕には紅葉が溢れて文字通り、紅葉の花を咲かせている。空は生憎の曇天だったが、合間にきらりとした光が走った。

 子供に笑いかける紅葉をそっと見ていると、涙が溢れそうになった。

「声、掛けないのね」人混みの合間から、ひょい、と独りの女性が顔を覗かせた。頬にはシ湿布、眼帯に、腕の包帯が痛々しい。肩掛けした上着は濃紺で、それがさらに黒髪を際立たせている。怪我が増えているところをみると、また伊勢宮とやりあったのだろうか。

「熊野先輩、傷が増えてませんか?」

「また、夜鷹の式神が来たのよ! いつか伊勢に乗り込んでやるわ」

 忌々しそうに告げ、熊野奈津美は髪をかき上げた。

「紅葉さんが、紅葉で埋め尽くされてる」と楽しそうに笑うと、「ねぇ」とわたしに擦り寄って来た。

 紅葉がちらりとこちらを見たが、またふいっと氷の横顔で前を向いた。あの横顔は、以前の紅葉もよく見せた。興味を失ったように、ふっ……と。それは言い表しようのない冷たい横顔で、小刀の刃先を思い出させてぞくりとさせるのだ。

「わたしも伊勢の面々には恐怖を憶えます。神様より怖いかも」

「神様ねぇ……、わたしの式神は返してもらうわよ」

 熊野は呪符を構えて、くすっと笑い、「そーれ」と呪符を空にばらまいた。後で、腕を交差させて、声高に叫んだ。

「式神具現。熊野の名を継ぐ大鴉たちよ! 天の御使いの我命を貴び、伊勢の空に、散れ!」

 瞬く間に、式神は鴉の大群になり、四方八方に飛び散った。伊勢宮はいかにも宮司、だが、熊野奈津美は一見して巫女のようには見えなかった。それでも、この数の呪符を唱えられるなら、巫女というより、既に時代に隠れ、消えつつある陰陽師おんみょうじと言ったほうが近い。八咫烏の影が見える。

「伊勢にも陰陽師の陰陽五芒星いんようごぼうせいがあるわ。私たちはずっといがみ合っているのよ。神道特区の前の天命から、ずっと存亡をかけての戦いは続いているの。当主同士で五芒星の奪い合い。国家機密を互いに持っているから、互角だわね。伊勢と熊野三山くまのさんざんと言えば、それはそれは有名だったのよ?」

 紅葉が先頭を歩く中で、わたしと熊野はずっと会話を交わしていたが、やがて紅葉は戸隠山の月夜の陵に辿りついた。

 

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