***

 その後、美味しい江ノ島の料理を(魚以外)を戴いて、それぞれの時間は肌の手入れや、新聞を見たり、終わるとまた談笑して夜は更けていった。

 お互いに神道特区の高等生なので、どうしても話題は神社や不思議なほうに逸れていく。紅葉は婚約の話はせずに、離れて敷かれていた布団をくっつけて、ちょこりんと座った。

「紗冥ちゃん、髪、くるくるしてるよ」

「ああ、天パだから、濡れると苦労するんだよね。ブローしないと朝地獄」

「地獄なんて。外側はねてるから、紅葉、やったげる!」

「らっき。お願いしまーす」

 ブロオオオ……ドライヤーを受け取った紅葉は丁寧にわたしの髪を乾かしてくれた。ふと、ドライヤーが止まった。振り返ると、紅葉はにやりと笑って囁いた。

「女のコ同士の、いけないことでもしちゃおっか?」

 また何を言い出すんだ、と言葉に出る前に、頬に熱が溜まりはじめ、胎内がまたちり、と焼け付いた。弾けるように紅葉を振り向くと、紅葉はちらっと舌を出して見せた。

「嘘だよ。やりかたなんか知らないもん。男女は知ってるけどさ」

「紅葉……いつのまに、そういう女のコになってたの」

「どういう意味よ」

「教えないからね」今度はこっちがベロを出して、目線があった。「あははっ」と紅葉は嬉しそうに笑って、片眉を緩く下げ、わたしの片手を両手で掴む。

「あたし、やっぱり紗冥ちゃん、大好きだよ」

「うん、……も」

「雲母? あ、キラキラしてるってこと? 紗冥ちゃん、時折変な口説きするよね」

 違う。紅葉に本心を言おうとすると、アンカーが掛かって言葉が出なかったり、どうあっても言霊を生かしきれないのだ。こんなに信じている紅葉に、言えたのは幼少だけ。大人になるにつれて、わたしの言霊は決して紅葉には向けることは出来なくなっていた。諦めずにその後も言葉を押し出そうとするが、今度は紅葉がこてりとなってしまった。

 伝わらないなら、意味がない。

「眠……い……もうだめぇ……」と布団に倒れてしまった。

「紅葉、布団に入って。風邪ひくよ」

 厄介で、小悪魔な幼馴染を布団に押し込める。手が伸びて来た。海に落ちるときと同じ、腕を絡められて、慌てて振りほどこうにも、柔らかい胸に押し付けられて、身動きが取れなくなった。首筋に息がかかる。言い難い衝動が心を押し上げるように蠢いた時、わたしは紅葉の上に覆いかぶさっていた。

 ――やり方なんか、知らないし。

 そう、知らないはずだ。でも、知っている。この愛おしさの正体も、本当は何が正しいのかも。ただ、知っているけれど、それが何かは知らない。熱情を感じるだけのわたしはあまりにも非力な生き物だった。

「どうして、わたしたちは女のコ同士なんだろうね……」

 無力と、ゆき場に向かえない感情に涙が零れ落ちて、冷たさで正気を取り戻すなんて。やっぱり、何か、妨げがあるのかも知れない。紅葉に向き合うを許さない何かが――。

その夜は寝付けずに、時間は悪戯に過ぎて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る