チューリップの花言葉

 玄関の前に立ち、フッと短く息を整える。それでもまだ少し乱れている鼓動をかき消すようにインターフォンを鳴らした。

「はーい」と小さく声がしてドアが開くとそこにはずっと思い浮かべていた彼女がいた。その瞬間へにゃへにゃと体の力が抜けていく。

「星…!どうしたの?」突然の訪問に驚いた表情を見せる真姫。

「いや、連絡が取れなかったから家に帰る前になんか事件とか、事故とか…悪い、急に」

あまりにも元気な彼女の姿に自分でも情けないくらい小さな声が出る。すると、真姫は一瞬ポカンとしてすぐにクスクスと笑った。「心配してくれたの?」とからかうように見上げてくるその表情は普段よりも少し無邪気でどこか妖艶で一気に顔に熱が集まるのを感じた。

「せっかくだから上がってく?特にたいした物は出せないけれど…」私を招き入れるようにドアを開ける彼女の誘いはとても魅力的だったが、彼女も疲れているだろうしここでホイホイ中に入るのはなんだか下心丸出しな気がしてグッと堪えた。

また学校で、そう言い残し彼女の家を後にした。



 月日が経ち、花壇にチューリップの蕾が目立ち始めてきた。

もちろん私と真姫の間に友達以上の進展なんてあるわけもなく、放課後私はまだ咲かない蕾を眺めていた。

「星―!一年の子が星に用事だって―」教室の入り口から日葵が顔を出す。一年生に呼ばれる用事なんてあったかなと不思議に思いながら日葵に「さんきゅ」と声をかけ教室を後にする。一年生の子は目が合うとすぐ、「ここでは話難いのでよかったら!」と大きな声で私の前を歩き出す。無言のまま彼女はズンズンと歩き渡り廊下に着くと、くるりと私のほうを向いた。突然のことに驚いて思わず彼女にぶつかってしまいそうになる。「ごめんね」小さく声をかけ前を見ると思ったより近い距離に少し気まずさを覚える。「それで用ってなんだろう」耐えかねてこちらから切り出す。

「い、一年の遠藤です!初めて見かけたときからずっと好きです、付き合ってください!」

突然のことで動揺したが、自分でも驚くほどに冷静だった。よく通る声の子だなとか、共学ならきっと男子にモテるんだろうなとか。男子にすら告白なんてされたことはない初めての告白に私は嫌悪感すら感じていた。一呼吸おいて「ありがとう、けどごめん。他に好きな子がいるんだ」優しく断るつもりで出した声は思ったより低くて、冷たい。

遠藤さんはひどく悲しい顔で、張り付けたような笑顔で

「そうですよね、先輩人気ですし…女の子からの告白なんて、迷惑ですよね」

その言葉に心臓がキュッと締め付けられた。「そんなことない」その言葉が喉の奥に張り付いて出てこない。目に涙をためてそっと一礼し彼女は行ってしまった。


 私は女の子が好きなわけじゃない、真姫だから好きなんだ

けど、私と真姫は女の子同士で真姫は私の気持ちを迷惑だって思うかもしれない

私が好きだからって彼女も好きとは限らない、冷めた声でこう言うんだ

「ごめん、他に好きな男(ひと)がいるの」って。


暖かな春の陽気に照らされ膨らんだ蕾がひとつ、花を咲かせていた。


 GW、いつも通りファミレスで五人おしゃべりに花を咲かせていた。

「そういえばさ、凪この間男の子と一緒に居たよね!眼鏡の背の高い人!」日葵が切り出す。三人とも驚き凪に視線を集める。すると凪は顔を赤らめ、俯きながら「じ、実は彼氏なの…」と小さく言った。その言葉にみんな質問攻めで大盛り上がりした。どうやら凪の彼氏は他校の男子で同じ塾に通っているらしい、つい先日彼のほうから告白されたそうだ。人一倍内気で真面目な凪に一番最初に恋人ができるとは、とみんなで祝福する。

「みんなはさ、好きな人とかいるの?」意外にも文乃がみんなに問う。ドキリと心臓が跳ねる。ドキリと心臓が跳ねる。日葵が好きなタイプは~なんて言いながら自分の好きなアイドルの話をし始めたので文乃は、はいはいと聞き流す。「星は?この間一年の子に告白されたらしいじゃん、結構噂になってたよ。」とこちらに話を振る。「女子高フィルターだよ」と苦笑いで流す、真姫が聞いていると思うとなんだか居心地が悪かったのだ。「真姫は?」日葵が振る。心臓がドキドキと騒ぐ。

「好きな人…居るよ?」

ヤバい、心臓がうるさい。冷や汗が止まらない、真姫…好きな人いるんだ。

どんな人!?と三人が食いつく。心臓の音が他の音を全てかき消すのに、真姫の声だけが鮮明に耳に入ってくる。

「優しい人だよ、かっこよくて背が高くて。いつも私のことを気にかけてくれるし…けど、好きって伝えられないんだ」

目を伏せ、切ない表情を見せる。四人は依然大盛り上がりだ。

好きって伝えられない…先生とか?もしかして、女の子だったり…自分の都合のいいように考え心臓を落ち着かせる。


 帰り際、真姫と二人きりになる。気まずくていつもどうやって彼女と話していたのか全く思い出せない。「好きな人の事なんだけど」口を開いたのは真姫だった。しかもよりによってその話題か、動揺を悟られないようにどうしたの?と話を聞く。

「お母さんの彼氏なんだ」

息をのむ。そんな私など気にも留めずに真姫は続けた。

「お母さんの職場の人でね、私のことも大切にしてくれて…気が付いたら男の人として意識しちゃってた。私の誕生日、お母さんは仕事だったんだけどそれも覚えててくれてサプライズで会いに来てくれたの」

あの時ぶつかった人だ、あの時の人。真姫と同じクチナシの香り。

「会うたびにプレゼントもくれて、実はお母さんには内緒だけど…ううん何でもないや」そういいながら、ブルースターの刺繍がされたブラウスを指刺す。「いい人だね」やっとの思いで絞りだした言葉だった。

またね、といつも通り可憐でいたずらっぽい笑顔で手を振る彼女に精いっぱいの笑顔で手を振った。


 玄関のドアを閉めた瞬間、涙が溢れた。頭の中にはあの日のハンカチに施された刺繍が浮かぶ。

「早すぎた恋…か」

誰に向けたわけでもない声がやけに大きく響いた。




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