第3話
張り切った設楽実継が、天技の競技時間について軽く触れる。
「天技の競技時間は、個人戦の場合、1人当たり90秒。団体戦の場合は、1チーム3人で120秒なんだ。意外と短いなって思わないかい?」
僕はコクリと頷く。
「でも、これには幾つかの理由があってね。描天島は、毎日のように晴れるわけじゃないから、天技を練習できる時間が限られているんだ。そのうえ、競技の性質上、空をずっと飛び回る必要があるから、体力の消費がとても激しいんだよ」
僕はその説明で、先ほど目にした天羽魅空の姿を思い出した。涼しげな顔を浮かべつつも、彼女の頬が汗でべた付いていたのは、この競技を行うことによる体力の消耗が、他のスポーツと比較しても尋常ではないからだろうか。
「だからね、天技では、視力と同じくらい、体力が重要視されている。それだから、天技は、人を選ぶスポーツだって言われることもあるんだよ。まあ、否定はしないけどね。ところで、景上少年」
急に名前を呼ばれ、驚いた表情になりながらも、返事をする。
「はい、何でしょうか?」
「君は、自分の体力に自信がある方かな?」
「野鳥を追いかけながら育ってきたので、普通の人よりは体力があると思います」
「なら良かった。ちなみに、視力も問題ないね?」
「もちろん、大丈夫です」
安心したような表情を前面に出した設楽実継が、話を進める。
「それで、次に覚えて欲しいのが配点と、採点項目。天技は100点満点で、採点項目が全部で4つあるんだけど、配点の高い項目から説明していくよ?」
言葉には出さずとも伝わる目。設楽実継が僕に対して、聞く準備が出来ているのかどうか、尋ねているように感じられた。準備なら既にできている。それでも、話の続きを促したのは、ほんの少し時間が経ってからだった。
「お願いします」
「まず、1番配点の高いのが技術性。これは、各技の難易度や完成度を競うもので、40点もの配点があるから、ここは誰でも重視している項目なんだ。次に高いのが30点の配点がある芸術性。この項目では、技の美しさや、演技構成のすばらしさを採点する。そして、3つ目が多様性。様々な技を出しているかが判断基準で、配点は20点。最後の項目が、配点10点の運動性。運動性は、天技飛行圏内を広く使って演技しているかで得点が決まるんだよ」
4つの採点項目で、競技者同士が得点を競い合う空のスポーツ、天技。しかし、ただ単に、同じ技ばかりを使っていれば良いというわけではない。天技に求められるのは、技術と芸術の両立だ。つまり、難しい技を演技構成の中に組み入れながらも、全体を通して、空を飛ぶ姿を美しく見せる必要がある。
「天技って、とても奥深い競技なんですね」
「その通り。でも、天技を評価する要素は何も、技や、演技構成だけじゃない」
「他に、何があるんでしょうか?」
「それはだね、衣装さ」
「衣装?」
「天技をスポーツとして成立させるのに重要なのが、アイテムコーディネーター。このアイテムコーディネーターが、毎試合ごとの演技構成に合わせて、最適だと思った衣装を、自分が担当する各競技者のために選んでくれるんだ」
とは言っても、アイテムコーディネーター全員が、衣装選びや、ファッションセンスに自信があるわけではないだろう。天技競技者の中には、アイテムコーディネーターに任せるのではなく、自分で衣装選びをしている人だっているはずだ。
「なるほど。ですが、自分の身体に合う衣装や、演技構成にぴったりな衣装が見つけられない場合、どうすれば良いんでしょう?」
「そうなったら基本的には、オーダーメイドでの対応になるね。でも、そうじゃなくても、オーダーメイドの衣装を選択する人は、何人もいる。1番多い理由だと、空気抵抗を減らすための軽量化かな」
確かに、軽ければ軽い分、体力の消耗を抑えながら飛ぶことが出来るし、エネルギー効率も、それに比例して高くなっていく。
「天技で使われる衣装にも、何か決まりがあるのですか?」
「もちろんあるさ。決まりごとを1つ破るごとに、5点の減点が芸術項目で行われるのが、天技のルールだからね。そして、そのルールというのが、過剰な露出をしない、衣装の一部を演技途中で落とさない、小道具を使用しないの3つなんだけど、景上少年は理解できたかな?」
最初から気を付けていれば、減点されることはほとんどない。だが、想定されるケースの中には、減点されるのか不明なものも存在している。
「いえ、1つだけお聞きしたいのですが……」
「言ってごらん?」
「風の影響で、演技途中に衣装が破けた際は、減点対象になりますか?」
「可能性としては充分に考えられる。それでも最終的には、各審査員の主観的判断で決まる部分が大きいから、断定的なことは言えないんだ」
はっきりとした答えが出せないのは、ルールとして明確化されていないからだろうか。もしかしたら、演技途中で衣装が破れることがないに等しいため、ルール化されていないだけというのも、決しておかしくはない。
「まあ、そこまで心配することはないよ。天技の衣装は丈夫な素材で作られているし、荒れた天気の日に、練習や試合を行わせることはないからね」
「そうですか、分かりました」
「後、言っておくべき事があるとするなら……」
設楽実継が少しの間、沈黙する。細かいルールを、この場で伝えるのが適切なのか、悩んでいるのかもしれない。しかし、その時間はすぐに終わり、代わりに、本番試合に関係するルールだけが、設楽実継の口から発せられた。
「演技途中に着水したり、海に落下したりした時点で、自分の演技が強制的に終了して、それまでに出た技の部分のみでの採点になっちゃうから、その点は気を付けた方が良いよっていうくらいかな」
「ルール説明、ありがとうございました。ところで、アイテムコーディネーターは、どのように決まるのでしょうか?自分で選ぶことも可能ですか?」
僕が尋ねると、設楽実継は申し訳なさそうな顔をした。その表情から、何かしら良くない事実が話されることを、何となく察する。
「残念だけど、自由に人を選べるほど、アイテムコーディネーターの希望者がいるわけじゃないんだ。ある程度の希望なら聞けるけど、何かある?」
「同性で、律儀な性格の人が良いです」
「それなら、このあたりの人たちはどうだろう」
そう言われ、数人分の顔写真と、プロフィールを見せられた。どの人も似たり寄ったりで、特に強烈な何かを感じることはない。だが、ある1人の男性だけが、他と明らかに違っていた。きつく結んだ唇に、どこか悲しげな感情を宿した目。彼も、清瀬志帆子と同様に、天技をスポーツとして行うことを諦めた人なのだろうか。その理由を知りたい。しかし、それ以上に彼のことを理解したい。その気持ちからなのか、僕は、彼の顔写真を指差して、こう言っていた。
「
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