第27話

 その時、三年十組の扉が開き、ゆっくりと一つの人影が入ってきた。


「お疲れ様、です」

「ああ、お疲れ様、瑠衣さ――」


 と言いかけて、俺ははっと息を飲んだ。そこにいた瑠衣には、いつもの快活さが微塵も感じられなかったからだ。


「どうしたんだよ、瑠衣!?」

「何でもありません、朔実先輩」

「何でもないわけねえだろう!」

「まあまあ落ち着いて、朔実さん。何があったのか知らせてくれますかしら、瑠衣さん?」

「自分が自分を虐めてきて――って、通じるわけないですよね」


 自嘲気味に笑う瑠衣。だが、俯いた彼女の瞳にはみるみる涙が溢れてきて、やがてそれは頬を伝い始めた。

 気づいた時には、俺は立ち上がって彼女の肩に手を伸ばしていた。とても直視できず、目を逸らしながらだったけれど。


「瑠衣さん、俺たちは仲間だ。心の中に瑠衣さんを虐めるやつがいるなら、俺たちの力で追い払ってやる」


 俺がそう言い切った、次の瞬間だった。

 瑠衣の両腕が俺の背中に回され、同時に俺はぎゅっと締めつけられた。柔らかい感触が俺の全身を包み込む。


「ちょっ、瑠衣さん!?」

「たす……て……」

「えっ?」

「助けて、助けて、助けて!!」


 俺の肩に顔を埋めながら、瑠衣はそう叫び続けた。その声は、今までの自分を封印していた殻をなんとか砕こうとする挑戦のように聞こえた。


 そして、俺ははっきりと自覚した。俺は、愛川瑠衣という女性を守りたい。たとえ彼女の両親を非難することになっても。


 俺は瑠衣の華奢な身体を抱きしめたまま、背後にいる三人に語りかけた。


「今から愛川邸に行きましょう。瑠衣の両親ときちんと話し合うんです。でなければ、瑠衣の絶妙なメゾソプラノは一生聞けません。定演も失敗するに決まっています。どうしますか?」


 沈黙が教室に張り詰めていく。が、それは呆気なく破砕された。


「話は聞かせてもらったわ」


 はっとした皆が振り返ると、音楽準備室から谷ヶ崎先生が出てくるところだった。車の鍵をキーホルダーに繋ぎ、それを指でくるくる回しながら。

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