第26話
扉が開けられるや否や、一組の男女が駆け込んできた。
「瑠衣!」
「瑠衣ちゃん!」
二人共慌てた様子ではあるが、きっちりスーツを着込んでいる。いかにも高級そうだ。
やって来たタイミングからして、彼らが瑠衣の両親であることは間違いないだろう。
「瑠衣、怪我はないか? って、手が真っ赤じゃないか!」
「あら大変! 誰にやられたの?」
「さあ、早く病院へ行こう」
瑠衣の肩に手をかけ、振り返らせる父親。母親はそれを、手を組んで見つめている。
「ちょ、ちょっと待った!」
三人の背中に声をぶつけたのは、年嵩の警備員だった。
「その子は駅構内で暴力行為を働いたんだ! 実際に被害の請求も届いている! これからどうするおつもりで――」
「うちの娘がそんなことをするはずがないでしょう! さ、行くぞ、瑠衣」
「瑠衣ちゃん、あなたは何も心配することはないからね。明日からもお勉強、頑張るのよ」
俺は去り行く三人の態度に、大きな違和感を覚えた。
両親は、瑠衣に対して過保護ではないのか? それが瑠衣にとって、大きな重石になっているのではないか? これまで十六年間一緒に暮らしてきて、そんなことにも気づかないのか?
瑠衣の父親は去り際に、一枚の名刺を若い警備員に押しつけた。慰謝料の問題はここに、とでも言いたいのだろうか。
この違和感の正体を掴まなくては。俺はある人物に、この件について相談することに決めた。
※
この日、ちょうど茶道教室の予定が入っていたのはまさに僥倖だった。宗像先生に相談できる。
先生はスクールカウンセラーの資格を持っており、十年ほど前までは中学校や高校に勤めていたのだ。
「それはきっと、強迫性神経症というやつかもしれないわね」
「キョウハクセイ……?」
精神疾患に縁のない俺には、突然言われてもピンとこないワードだ。
「人によって症状の現れ方はそれぞれだけど、その愛川さんという人の場合、自分で自分を追い詰めてしまうきらいがあるようね」
「なあんだ、だったら皆が相談に乗ってあげれば――」
「それで解決するように見えたの、茂樹くん? 話すだけでどうにかなるものだと?」
俺は言葉を続けられなくなった。
先生の言う通りだ。瑠衣の心の中にいるもう一人の瑠衣が、何らかの圧力を自分にかけているとしたら、それを他人がどうこう言っても快方へ導くのは難しいかもしれない。
「先生、あなただったらどうされますか? もし愛川さんのような悩みを抱えている生徒さんがいたら」
「全面戦争ね」
「は?」
「真っ向から対峙する、ってことよ。あなたの証言からすると、愛川さんを苦しめているのはご両親の過保護によるものと考えられる。だから、そのご両親に直談判するのよ。瑠衣さんに過剰な干渉をするのはやめろって」
「できるんですか、そんなこと?」
「やるしかないわねえ、あなたたちが」
俺はしばらく、口をぱくぱくさせていた。
俺たちにようなしがない高校生に、そんな高等戦術が使えるのだろうか?
その日、俺はお手前を通して精神の安定を図り、これからどうすべきかを考えた。
※
翌日の放課後、三年十組。
そこには瑠衣以外の合唱部員四人と、谷ヶ崎先生が集っていた。
昨日の瑠衣による物損事件がどの程度学校側に知られているか分からないため、瑠衣が何をしでかしたのかは先生以外には話していない。
ただ俺が、瑠衣の苦労を知ってしまった、ということだけを朔実、美幸、潤子には伝えてある。
「なんかよく分かんない話っすね。複雑っていうか……」
「そうね、朔実さん。まずはわたくしたちの立場をはっきりさせて、そこから話題を進めていかないと」
「少年くん、何か思い当たることはない? 瑠衣ちゃんを援護する理論武装みたいな」
「そ、そうですね……」
朔実、潤子、美幸の言葉を聞いて、俺はしばし黙り込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます