第五話 そばに君がいる

佐々木はいつものように、近くの野原で横になっていた。

訓練が終わると、毎日のように野原に行っていたのだった。

夕日が野原を淡く優しく染めていた。


「お母さん・・・」


「お母さんってどうしたの。野原で横になって。」


そこに、女学校から帰り途中だった留美が現れた。

留美は家に帰ると相変わらず虐められていた。

また、今日もそうなのかと、思いながら帰っていたのだった。


「ああ、留美ちゃんか。」


「最近は元気がないです。」


「いや、最近は体調が悪いだけだよ。」


「私も横になろう、いいでしょ。」


「ああ、いいよ。」


「佐々木さん、お母さんが恋しいの」


「違うよ、たまたま呼んだだけだよ。俺は独り言が多いからさ」


「そうなの?」


「ああ」


留美は何を思ったのか佐々木に反対を向くように優しい声で伝えた。


「佐々木さん、あっちを向いて寝てみて。」


「どうして?」


「いいから」


「わかった」


「ほら、気持ちいいでしょ」


「ありがとう、肩を揉んでくれているんだね。俺もさ、母の肩をよく揉んでいたよ。母は肩こりだったからさ」


「そうなの?」


「ああ、もういいよ。手が疲れるだろ。」


「佐々木さん、泣いているの」


「いや、気のせいだよ」


「だって、泣いている音が聞こえるよ」


「だから、気のせいだよ」


「じゃあ、もう少し揉んであげる」


「もういいよ」


「もういいの?それとも私がそばにいるのが嫌なの?」


「そんなことはないよ……」


「だったら、いいでしょ。そうだ、じゃあ私が反対になるから佐々木さんが揉んで」


そう、留美が言うと留美は反対を向いた。留美の頬にも流れるものがあった。


「まだ君は若いから恥ずかしいだろう。それに肩もこっていないだろう」


「いいの、佐々木さんに揉んでほしいの。佐々木さんのお母さんになってあげる」


「もういいよ」


「佐々木さん、怒ったの」


佐々木は怒ったのではなかった。あまりにも故郷が懐かしいことと、留美が愛おしかったからだ。恥ずかしかったのだ。


「そういえば、佐々木さんの下の名前はなんていうの。」


「直也だよ」


「いい名前ね、直也さん、元気を出してね。」


「ありがとう。留美ちゃん。」


雨は降っていなかった。夕暮れ色は優しかった。二人の心は温かかった。

そして、そばにはいつも君がいた。


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