第四話 いつも雨は降っていた

悲しみという記憶の中に青年はいた。


「雄一、また、近所の家の窓に石を投げたのね」


「ああ、悪かった、悪かった」


「お母さんがどれだけ謝ったのかわからないでしょ。ガラス代の弁償代も高いのよ」


「へへーんだ」


「もう、今度までだからね」


「わかったよ」


雄一が窓を割った家にて、母親は再び叱責されていた。


「困るよ、いつも悪さばかりして。申し訳ありません、ガラス代は弁償しますから」


「申し訳ありませんの問題じゃない。もう二回目だよ。いい加減してくれ」


「はい、雄一にはよく言ってきかせますので」


自宅では、優一のガラスを再三割っていたずらをしていたので、両親は話をしていた。


「かなえ、またか」


「はい、あなた」


「ただでさえ生活が苦しいのに」


小学校へ行く前の出来事だった。


「ほら、また、お弁当を忘れている。雄一はそそかっしいから。雄一、どうして、雨が降っているのに傘を忘れるの」


雄一には兄がいた。


「お兄ちゃんを見習いなさい。勉強もできるし真面目で、剣道でも活躍しているじゃない」


「かなえ、直也には全くてがかからないのにな。雄一は困ったもんだ」


「そうね、でも、雄一は可愛い子だから」


「そうだな」


雨が降っていた、僕の心には雨がいつも降っていた。

ある時のことだった。


「雄一、こっちに来い」


「なんだよ」


「お父さんが勉強を教えてあげるから」


「いいよ」


「いいから、来い」


「わかったよ、仕方ないな」


ある日の事であった、直也が父親にお願いをしたのだ。


「お父さん、僕にも勉強を教えてよ」


「直也は勉強ができるから教える必要はない」


直也は高等学校で最も優秀であった。


「雄一、また、傘を忘れて行って、雨が降っているでしょう」


「お母さん、行ってくる」


「気をつけてね。雄一」


「ああ、わかったよ」


「雄一、また、お弁当を忘れている。靴も反対に履いているじゃない。お母さんが、履かせてあげるからじっとしていて」


「雄一、お兄ちゃんを見習え。直也は本当に手がかからないじゃないか」


雨が降っていた、僕の心にはいつも


勉強の出来ない雄一は、毎日のように父親から勉強を教わっていた。


「雄一、何度教えたら、わかるんだ。ここは、こうやって計算をするんだ」


「お父さん、僕にも勉強を教えてよ」


「だから、直也は勉強ができるから必要ないだろう」


雄一が兄の直也に悪戯をした時のことであった。


「雄一、こら」


「ベーだ」


「やったな」


バシ、ガン


「ええん、お父さん」


「直也、どうして弱いものを虐めるんだ。お前がお兄さんなんだから雄一は弟だから弱いだろう。お父さんにかかってこい。ほら、かかってこい、かかってこい。ほら、弱いものをいじめたら駄目だ。強いものへ立ち向かえ」


雨音が聴こえてきていた。僕の心には、いつも雨が降っていた。


勉強が教えてもらいたかったんだじゃいよ。

僕も可愛がってもらいたかったんだよ。


「仕方ないな、雄一は手がかかるな。かなえ、雄一にもう少しかまってあげないといけないじゃないか」


お父さん……


直也は出征することになった。


「直也、どうして・・・」


「どうしてと言っても、御国のためだろう」


「ううう・・・」


「お母さん、泣かないで」


「直也、どうか、生きて帰ってきて」


「駄目じゃないか・・・」


「そんなことを言ったら。お母さん、そんなに強く抱きしめないでくれよ」


そして、出征の日を迎えた。


「お母さん、今から行ってきます」


「泣かないでいいから」


「お母さん、ごめんね、ごめんね」


「直也……生きて帰ってきて。」


ごめんね、可愛がってくれたんだよね。

僕の事も可愛がってくれていたんだよね。

ごめんね、お母さん。

僕は親不孝だったね。ごめんね。行ってくるからね。

お母さん……お父さん……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る