第三話 遠い星の下で

 小百合と留美の女学校からの出来事であった。複数の同級生達が小百合と留美を待ち伏せしていた。


「ほら、非国民が来たわよ」

「本当ね」


「非国民はこの町から出て行って。この女学校には来ないで」

「どうして、あなた達は小百合を虐めるの小百合の。小百合のお父さんは、怪我でそうなったんだから仕方ないじゃない。」


 そう、留美が言い返すと、複数の同級生は今度は留美に対しても言い始めた。


「そういえば、留美はお父さんもお母さんもいなかったのね。非国民と同じようなものね」

「私は父も母もいないけど、好きでそうなった訳じゃないのよ」

「とにかく、あなた達は非国民なんだから、この町にいる資格はないわよ」

「ちがうでしょ。そんな意地悪なあなた達が出て行きなさいよ」


 当時は戦争に反対する者や、怪我や病気などで出征できなかったりした人々を、非国民と差別的な扱いをしていたこともあった。小百合はいつもながら悲しげな表情で留美に謝った。


「もういいの。みんな、ごめんなさい」

「留美まで巻き込んでしまって。留美、ごめんね」

「父が戦争に参加できずに、ごめんなさい」

「小百合が謝る必要はないわよ。あなた達も意地悪ね。そんな事をしたら私が許さないわよ」


 留美は表情を強張らせて同級生たちに言い返した。


「怖い、怖い、みんな、あっちに行こう」

「そうね、馬鹿二人をおいて」


 留美は言葉に出来ない感情を押し殺すことができなかった。


「えい、えい、えい」


 なんと、気の強い留美は同級生に石を投げ始めたのだ。


「痛い」

「ほら、留美が石を投げて来たわよ」

「早く逃げないと」


 彼女は小百合と同様の苦しみを持ち合わせていたからだろう。


「小百合、気にしないでいいのよ。お父さんも好きで足が不自由になった訳じゃないから」

「そうだけど、辛い」


 小百合の頬から伝わるものがあった。


「大丈夫よ。私がついている」

「留美は本当に強いよね」

「そんなことはないわよ……私は父も母がいない。叔母に育てられているから、私をかばってくれる人は誰もいないから、強いのかな。小百合、泣いたら駄目よ。私達は悪くないのだから」


「留美の強さが羨ましい」

「小百合は優しいじゃない。それでいいのよ」

「留美こそ、優しいじゃない」

「それは、小百合と親友だからよ」

「ありがとう」


 留美と小百合は互いに励まし合いながら家路へと向かった。留美は戦争により父親は出征したものの戦死しており、母親も幼い頃に亡くしていたため、親戚の家に同居させてもらっていた。ある日の留美の悲しい出来事であった


「ただいま、帰りました」

「今日も遅かったのね。あなた、最近は帰りが遅いじゃない」

「それは……」


「誰か男がいるんじゃないの」

「いえ、それは違います……叔母様」


「もう、食事はすませたから。あなたの分はないからね。それより、邪魔なのよ。どこかに出て行ってほしいわ。まあ、仕方ないわね、誰も面倒を見る人がいないから。親戚じゃなかったら、そうしないわよ。面倒をみなかったら、私達も色々言われるから仕方ないわね。ここに住ませてもらえるだけでも感謝しなさい」

「はい……」


 悲しみの中、留美は満天の夜空を見上げて想う。


お父さん、お母さん、私は一人ぼっちなの。

でもね、今、私に優しくしてくれる人達がいるの。

特攻兵の人達なの。お母さん、お父さん。星の下で私を見ていてくれるのかな。

お父さんも、お母さんも星になったのよね。

でも、留美は負けない。頑張る。どんなに家で虐められても頑張る。


 留美は強かった、しかし、やはりまだ子供だったのだ。


お父さん、お母さん。もう一度会いたい。

もう一度、留美をだっこしてほしいの。

お父さん、お母さん。会いたい。お父さん、お母さん……


 戦争による悲しみは果てを知らなかったのである。

 翌日を迎えた。留美の目が赤いのに気づき、佐々木は話しかけた。


「留美ちゃん、どうしたの目が赤いよ」

「ううん、何もないの」

「いいから、僕に話してごらん」

「ありがとう。佐々木さん。私にはお父さんとお母さんがいないの。昨日星を見ていたら悲しくなって」

「そうか、じゃあ、今日にでも星を見に行こうか。な、達夫」

「そうですね。小百合さんも行こう」

「はい」


 静かな夜が訪れた。


「うわあ、天の川がきれい」

「本当だね。あれがひこ星で、あっちがおりひめ星だね」


「僕はあの星になれるといいな」

「何を達夫はセンチなことを言っている」


「どうして、星になるの?」

「それは……まあいいよ。留美ちゃん」

「でも、星になったら一年に一回しか会えないのでしょ。それは嫌よ」

「そうだね‥‥…」


佐々木は寂しくそう答えた。そして、留美と言葉を交わしたのだ。


「駄目よ、小百合もなんとか言って」

「留美……」


「俺はあの星でもいいな」

「どうして?」

「留美ちゃんがおりひめ星になったら、一年に一回会えるだろう」

「嫌よ、いや、私は嫌」


「留美ちゃん、じゃあ、月になるよ」

「駄目よ、たまにしか会えないでしょ」


「じゃあ、太陽になるよ」

「だって、曇りの日もあるでしょ。それに、雨も降るでしょ」


「達夫、何といえばいいかな?じゃあ、空気になるよ」

「駄目よ、空気は見えないでしょ、佐々木さんの姿がみえないでしょ」

「困ったなあ、達夫」


「留美、わがまま言ったら駄目よ」

「じゃあ、小百合はいいの?」

「私は……」

「そうでしょ」


「留美ちゃん、仕方ないよ」

「上杉少尉、それは嫌よ」

「じゃあ、いつか、みんなで星になろう」


 切なくも星達は輝いていた。

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