第六話 いつか必ず来る

達夫と佐々木は過酷な戦闘訓練の日々に明け暮れていた。

戦闘訓練の最中の突然の出来事であった。上杉らの上官である川島大尉が倒れてしまったのだ。すぐさま、佐々木は川島の元に駆け寄った。


「川島大尉殿、大丈夫でしょうか?」


「ああ、急に目まいがしただけだ。大丈夫だ。今日の訓練は激しかったからな」


「そうですね」


「佐々木は体の方は大丈夫か」


「はい、全く問題ありません」


「そうか」


「でも、川島大尉、今日は兵舎でゆっくり休まれた方がよろしいのではないでしょうか」


「馬鹿野郎、俺はこれでも皇国軍人だ、このくらいでは死にはしない」


「そうでありました、失礼しました」


「ううう」


突然、川島が倒れたのである。


「川島大尉、川島大尉、大丈夫でしょうか。大変だ、川島大尉が倒れられた。すぐに、医者を呼んでくれ」


「はい、佐々木中尉」


「急げ、上杉」


「はい」


翌日になり佐々木は今日の訓練が中止になったことを伝えた。


「達夫、今日の訓練は休みとなった。川島大尉が倒れられたからだ」


「一日のみ休みが与えられるとの軍令であった。軍部も休養の必要性があると判断したらしい」


「わかりました。佐々木中尉」


会話が終わると兵舎の中に突然、留美が入ってきた。


「佐々木さん、今日はお休みなのですか?」


「留美ちゃん、聞いていたんだね」


「佐々木さんは失礼だよ」


「いいんだよ、達夫。突然どうしたの留美ちゃん?」


「佐々木さんの肩を揉んであげようかなと思って来ました」


「はははは。大丈夫だよ、留美ちゃん。もしかして、俺に会いたかったのかな?」


「そういうことにしておきます。佐々木中尉殿」


「はははは」


「それなら、断る理由はない、仕方がないか」


「仕方がないは失礼でしょ、佐々木さん」


「ははははは」


「小百合も、もうすぐ一緒に兵舎に遊びに来ますから」


「駄目だよ、遊びに来たら」


「佐々木さんは私のことを嫌いなの」


「そんなことはないよ。じゃあ、学校の許可が下りたら来なさい」


「はい、佐々木少尉。あ、違った、中尉の命令に従います」


「失礼だよ、さっきから」


「いいんだよ、達夫。俺も降格になったな」


「ははははは」


そして、午後になり留美と小百合が兵舎へ入ってきた。


「留美ちゃん、小百合さん、本当に女学校を休んできたの。」


「はい、達夫さん。留美が嘘をついて、特攻兵の命令だから手伝いに行きなさいって」


「さすが留美ちゃんだな」


「そうでしょ、佐々木さん」


「留美ちゃんには参ったな」


「ははははは」


何を考えたのか留美は突然、懐からかるたを取り出した。


「佐々木さん、かるたを持って決ました。かるたで遊びましょう」


「そうだな、留美ちゃん」


「たまには息抜きも必要よ、佐々木さん」


「いいことを考えたね、留美ちゃん」


「はい」


厳しい訓練が行われていた生活の中での、幸せなひと時だった。


「佐々木さん、この札をね、いっぱいにね並べるの。」


「知ってるよ、留美ちゃん。決まり事くらいは。な、達夫」


「はい」


「小百合さんも知っているよな」


「はい、佐々木中尉。多くかるたを取った人が勝ちですね」


「そうそう、じゃあ、今からするわよ」


バラバラバラ、かるたがまかれた。


「じゃあ、僕がかるたを読みましょう」


「そうしてくれ、達夫。」


「わかりました」


「じゃあ、いきますよ」


そして、かるた遊びが始まった。


「ほら、私が先に取ったでしょ」


「さすが、留美ちゃんだな」


「私は何でも早いのよ、佐々木さんの心を奪うのもね」


「ははははは。参ったな」


「じゃあ、次行きます」


「えい。やっぱり私の方が早くかるたを取ったけど……佐々木さん、どうして、私の手ばかり取るの?私の手を触りたいの?」


「違うよ、たまたまだよ」


「次にいきます」


「えい。また、佐々木さん、私の手を触って」


「ちがうわよ、留美」


「じゃあ、俺が札を読もう」


「達夫と留美ちゃんと小百合さんでやれよ」


「さすが、佐々木さん、かっこいい」


「まあな、留美ちゃん」


「ははははは。じゃあ、読むぞ」


「ほら」


「達夫さんが取ったのね、小百合はどうして何もしないの」


「気づかないのよ、留美」


「本当かな、達夫少尉の手を触るのが恥ずかしいのでしょ」


「もう、留美ったら」


「じゃあ、また次を読むぞ」


「また、達夫少尉が取ったじゃない。どうして、小百合は何もしないの」


「だって、留美……」


「どういう意味だよ?小百合さん。」


「恥ずかしがらないで、小百合。達夫さんの手を触ればいいじゃない。」


「やめたやめた。これは「かるた」じゃない」


「佐々木さん、もう終わってしまうの?わかった、私の手を触れたかっただけなんでしょ」


「違うよ」


「当たっている。だって、佐々木さんの顔が赤いから」


「違うよ。気のせいだろ。」


「もう、佐々木さんは恥ずかしがり屋さんだから。そうでしょ」


「それは、違うかな……」


達夫と佐々木には突撃という運命が待ち受けていた。


「達夫少尉、そうなのですか?」


「もう、留美はいい加減にして」


「いいんだよ。留美ちゃん。そうだ、みんなで手をつないで歌を歌おうか」


「佐々木中尉」


「まあ、いいじゃないか、達夫」


「はい、佐々木中尉」


「何を歌おうかしら?」


「そうだな、留美ちゃん、同期の桜でも歌うか」


「駄目よ、佐々木さん、桜はもう散ってしまったでしょ……季節外れよ」


「お正月の歌を歌いましょう」


「それは……」


「どうして、佐々木少尉」


「留美、駄目じゃない」


「だって、お正月は来るでしょ」


「留美ちゃん……」


「留美、駄目よ」


「どうして、小百合」


「だって……」


「もういいよ、留美ちゃん。別な歌を歌おう」


「いやよ、上杉少尉。お正月の歌が歌いたいの……」


「わかった、お正月の歌を歌おう。お正月が来ても、その時は一緒に歌えないからな」


「そんなことはないでしょ。佐々木さん。だって、一緒に歌えるでしょ……」


「留美、どうして……」


「佐々木さんが出撃する前に日本が勝つに決まっているからよ」


「いや、一緒には歌えないよ、留美ちゃん」


「どうして、今もその時も一緒に歌えばいいでしょ」


「そうですよ……佐々木中尉」


「今、歌いましょう」


「そうだな、達夫」


「佐々木さんも小百合も考えすぎよ。じゃあ歌いましょう」


「ああ、留美ちゃん」


「うん」


「楽しかったね、佐々木さん」


「ああ……」


「ね、達夫さん」


「そうだね、留美ちゃん……」


「いつか、みんなでお正月が来るからね。楽しみにしましょう」


「大丈夫よ。佐々木さん。」


「達夫さん、小百合、ね……必ず来ます。そうでしょう。違うの佐々木さん?」


「そうだよ……来るよ、みんなでお正月の歌を歌える日が必ず来るよ。そろそろ、俺は寝たいから帰ってくれないかな」


「はい、わかりました」


「佐々木中尉……」


「いいんだよ、達夫。事実じゃないか……これでいいんだよ……」


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