34 おかえりと、さようなら。

 この日は久々に、幼馴染三人でゆっくり過ごしました。

 屈託のない笑顔を見せてくれるフォルビア様と、そんな彼女を見て安心した私とグラジオ様。

 楽しい時間は、夕方まで続きました。

 ようやくフォルビア様を救うことができたのです。もっと一緒にいたかったぐらいですが……。


「グラジオ。両手に花で楽しんでいるところ悪いが、そろそろ戻ったほうがいいぞ」

「アマド……」


 ここ最近、私に協力するために本来の仕事から離れることも多かった彼です。

 更に昨夜から夕方まで不在だったとなると、流石によろしくないようで。

 グラジオ様は、部下のアマド様と共にルーカハイト家へ戻っていきました。

 

「両手に花って……。私はヘレス様の花なんだけどなー。……あっ! べ、別に自分で自分を花だと思ってるわけじゃないからね!」


 連行されるグラジオ様を見送りながら、フォルビア様は顔を赤くします。

 白百合の君と呼ばれる私と、お花のような赤い髪のフォルビア様。

 フォルビア様は見た目も心も綺麗な方ですから、花と呼ぶにふさわしいと思えます。

 確かにこれは、色々な意味で両手に花だったかもしれません。

 

「フォルビア様は綺麗なお花のようですよ」


 そう思い、こう言ってみたのですが……。


「リリィって、たまにすごいことをさらっと言うよね……」


 どうしてか、ため息をつかれてしまいました。

 本当のことを言っただけなのですが……。




 グラジオ様を見送ったら、フォルビア様とも別れました。

 その後は私も自分の仕事をこなし、夜へ。

 自分の部屋でミュールと二人きりになると、黒猫の姿をした彼女がぴょいとベッドに乗りあげ、私の膝に乗ってきました。


「珍しいですね。あなたが私の膝に乗るなんて」

『んー……? まあ、最後だと思うと、なんとなくなあ』

「最後?」

『なあ、リリィよ。命を消費する魔術、と言ったじゃろ』

「フォルビア様に憑いた悪魔を祓うとき使ったものですよね。……まさかですが。私の命、使い切ってしまいました……?」


 どのくらい使うかは、やってみないとわからない。ミュールはそう言っていました。

 ある程度の覚悟はしていたつもりでしたが……。今日が最後になるほど消費したのでしょうか。

 そこまでは流石に考えていませんでした。どうしましょう。


『いや、お前の消費はゼロじゃ』

「え?」

『命を消費するとは言ったが、お前の命、とは言ってないじゃろ』

「た、たしかに……? ですが、私次第と……。それに、なら誰の命を消費して……」

『術を発動させたのは誰か、忘れたのか?』

「あっ……」


 術を発動させるための準備をしたのは私と、私の身体を使ったミュールでしたが、発動させたのはミュールです。


「ミュール、まさかあなた……」

『そのまさかじゃよ。使ったのは我の悪魔としての生命じゃ。どのくらい持っていかれるかわからなかったのは事実じゃが……。相手がメフィーとなるとなあ。もう持ちそうにない』

「もう持ちそうにない、って……」


 最後。もう持ちそうにない。


『まあ、とりあえず聞け』


 そんなときだからか、ミュールは色々なことを話してくれました。

 フォルビア様に憑いた悪魔の名前はメフィー。

 高等悪魔たちの中でも、最強と呼ばれるほどに育った個体。

 メフィーは時間をかけてフォルビア様を蝕み、最高の絶望を味わわせ、完全に壊れた心を食うつもりで準備をしていたそうです。


『お前も覚えてるじゃろ? 逆行前のフォルビアがやったことを。メフィーはあのタイミングでフォルビアを食おうとしてたんじゃよ』


 逆行前のフォルビア様は、私とグラジオ様の結婚式で私の腹を刺しました。

 次の一撃は私を庇ったグラジオ様の腕に。

 あのときのフォルビア様は、私を殺す気だったのでしょう。

 

 好意を寄せていた幼馴染と親友の結婚式で、親友を刺し殺す。

 フォルビア様は優しい方ですから、そんなことをすれば心が壊れてしまいます。

 絶望させて、壊して。メフィーは最高の状態で彼女を食うつもりだったのです。


『ほんっとーに陰湿な奴じゃよメフィーは。おかげでこのミュール様も相打ちで消滅じゃ』

「ミュール……」

『そんな顔をするでない。悪魔など、何体も祓ってきたじゃろう』

「それは、そうですが……。あなたは……。私にとっては、もう、他の悪魔とは違う存在です」

『…………そうか。あのな、お前たちと過ごすあいだに、思い出したことがあるんじゃ。聞いてくれるか?』

「……はい」

『我も、元は人間じゃった。人間だった頃の名前は……』


 ミュールは、ある女性の名前を口にしました。


「……!」

『せっかく話してやったんじゃ、忘れるなよ? ミュール様と、もう1つの名のことを』


 宝石のようなキラキラした何かが彼女の身体から放出され始め、流れた量が増えれば増えるほど、ミュールの身体が透けていきます。


「ミュール……!」

 

 手を伸ばしても、すかっと空振るだけ。

 

『……存外、悪くなかった。じゃあの、リリィ』


 その言葉を最後に、ミュールは完全に消えてしまいました。

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