32 今、助けます。

 見せたいものがある。

 そう言って、フォルビア様を陣のある建物まで連れて行きました。グラジオ様も一緒です。

 彼女は、「なになに?」とそわそわしています。

 もう暗い時間であるにも関わらず、私たちについてきてくれたフォルビア様。

 騙しているようで、なんだか申し訳ないです。

 

「フォルビア様、中へ」


 扉を開ければ、用意した私ですら気味が悪いと思う光景が広がっています。

 驚いた彼女に逃げられてしまわないよう、1番に中に入ってもらいました。

 退路は私とグラジオ様で塞いでいます。

 こんなこと、できればしたくありませんが……。仕方がありません。


「リリィ? なに、これ……?」


 あかりはランプのみですが、それでも、フォルビア様にも異様さが伝わったようで。

 彼女の声は、怯えを孕んでいました。

 三人全員が部屋に入ったこと、しっかり扉をしめたことを確認したら――


「ミュール、お願いします」

『任されよう』

「え? ミュール様? な、に…………」


 床いっぱいに描かれた魔法陣が輝きだし、部屋を覆いつくす鏡に光が乱反射。

 部屋が光でいっぱいになり、視界がちかちかします。

 これが、フォルビア様に憑いた悪魔を引きずりだし、私とミュールの力を増幅させる魔術。

 効果が出ていれば、今ならフォルビア様の中の悪魔に干渉できるはずです。

 

「フォルビア様、て、を……。フォルビア様?」


 彼女は、ふーっふーっと息を荒くして、頭を振っていました。


『コロセコロセコロセ! リリィベルをコロセ!』

『おお、メフィーのやつそうきたか』

『コロセ! コロセ!』


 メフィーと呼ばれた悪魔が、フォルビア様に激しく言葉をぶつけています。

 殺せと、悲鳴にも似た叫びを、何度も何度も。

 

『グラジオー。リリィベルを守らないとやられるぞ』

「は……」


 ミュールの言葉とほぼ同時に、フォルビア様がゆらりと向きを変え、私を見ました。

 赤い髪を振り乱し、水色の瞳を大きく見開いた彼女は、もう、いつものフォルビア様ではありません。

 

「リリィ……。わた、し、あはっ! あはははははっ!」


 けたけたと笑いながら、彼女が懐から取り出したのは、小さなナイフ。


『リリィを殺せば術がとまるからなあ。ここでやることにしたんじゃろ』

「先に言えそういうことは!」


 グラジオ様が前に出て、ナイフを蹴り飛ばします。

 金属音を立てて落ちたナイフを、フォルビア様はふらふらと追いかけていきました。


「すまない、フォルビア」


 悪魔に精神を蝕まれて普通の状態ではないとはいえ、二人は男女で、グラジオ様は男性の中でもとてもお強い方です。

 グラジオ様に羽交い絞めにされてしまえば、彼女はもう進めません。


「んー! んーっ!!!!」


 抜け出そうとしてもがいても、グラジオ様の拘束から逃れることはできずにいます。


 悪魔が私を殺そうと、本気になった。

 魔術の効果が出ているから、祓われる前に私を殺そうとしたのでしょう。

 であれば。今なら。


 フォルビア様の前に立ち、彼女の手に触れようと試みます。

 私を攻撃するように腕をぶんぶんと動かしているせいで、なかなか近づけません。

 腕すら動かないよう、グラジオ様にもっと強く押さえつけてもらうこともできます。

 けど、彼にそんなことをさせるのも、フォルビア様に苦痛を与えるのも嫌でした。

 ここは、私が痛みを受けましょう。


 私の頬に、鋭い痛みが走ります。

 構わず近づいた私の頬にフォルビア様の爪が突き刺さり、ぎいっと、引っかき傷を作ったのです。

 

「あ……?」


 私の頬から流れる血。自分自身の爪についた、赤。

 それらを順に見たフォルビア様が動きを止め、

 

「……リリィ?」


 私の名前を呼びました。

 呆然としており、腕の動きも止まっています。

 今なら、彼女に触れることができるでしょう。


「……フォルビア様。今、お助けします」

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