26 自分でも、わからない。

 そんなやり取りの後。

 私は、ミュールに身体の主導権を譲りました。

 出会ってすぐの頃だったら、こんなこと、絶対にしなかったでしょう。

 一緒にいるうちに、私はミュールを信頼するようになっていたのです。

 1つの身体に、2つの精神。ミュールを通じて見る世界。

 なんだか不思議な感覚です。


「ははっ、あの娘、本当に身体を渡しおった」

「ミュール……なのか?」

「ああ。見た目はリリィベルじゃがな。小娘の力だけでは、こいつを祓えそうにないものでなあ。我が協力することになったのじゃよ」

「そう、か……。リリィが納得しているならそれでいい。これ以上押さえつけておくと、ご子息が可哀相だ。早く祓ってやってくれ」

「……ええ。今すぐに、グラジオ様」


 ミュールがわざとらしく私の口調を真似ます。

 ふざけていないで、さっさと祓って欲しいものです。

 

「約束は約束じゃからな、ささっと祓ってやるか」


 ミュールが立ち上がり、グラジオ様たちから少し距離を取ります。

 悪魔を祓うためには、相手に触れる必要があるはず。

 ミュールは、なにをするつもりなのでしょう。


「人間の身体を使っているとはいえ、我は悪魔じゃぞ? 悪魔には悪魔のやり方が……あるんじゃよ!」


 グラジオ様たちの下で、床が光り始めました。

 それは徐々に大きくなり、文字のようなものが刻まれた円に。

 魔法陣、とでも呼べばいいのでしょうか。


 押さえつけられた男性が……いえ、その中の悪魔が、陣から逃れようと必死に暴れ始めます。

 それでもグラジオ様の力には敵わず、その場に縫い留められていました。


「悪いがさよならじゃ、同胞よ」


 にいっと笑ったミュールが、ぱちん、と指を弾きます。

 それとほぼ同時に、陣から炎の柱が出現。

 悪魔は悲鳴とともに焼き付くされました。

 ごうっと炎が立ち昇ったものですから、グラジオ様たちは大丈夫なのかと焦ってしまいましたが……。

 人間には影響がないようで、熱さすら感じていないようでした。


 暴れていたのが嘘のように大人しくなり、ご子息が意識を失います。 

 悪魔祓い、完了です。

 

『ありがとうございます、ミュール。申し訳ありませんが、早めに身体を……』

「おん? 返して欲しいならさっさと殴ればよかろうに」

『素直に返して欲しかったのですが……。仕方ありませんね、殴ります』


 以前、ミュールから身体を取り返したときのように、彼女を殴ろうとしました。

 そうしようと、したのです。身体が動きません。

 先程、高等悪魔のいる空間と接続したときと同じ。


『ミュール!? あなた……』

「やはり動けんか。強まったのは、お前の力だけじゃなかったわけじゃ。まさか本当に可愛い猫ちゃんや守護精霊だと思っていたのか? 我は悪魔だと、何度も言ったろう」

『……!!』


 私は、ミュールに負けたことを理解しました。

 彼女の言う通り、私とミュール、両者の力が強くなっていたのでしょう。

 前のように、ミュールを殴って身体を取り返すことはできそうにありません。

 悪魔を信頼した私が、いけなかったのです。


「……ミュール? リリィはどうした? どうしてお前のままなんだ?」

「……バカな女、じゃったよ」

「何を言ってるんだ、ミュール。早くリリィに戻ってくれ。なあ、ミュール……!」


 ご子息を床に寝かせ、グラジオ様がふらふらとミュールに近づきます。


「ミュール! リリィはどうしたと聞いている! 何故戻らない!」


 グラジオ様に肩を掴まれても、ミュールは何も言いません。

 私の身体ですから、表情はわかりませんが……彼女は、俯いていました。


「ミュール……!」


 懇願するような、グラジオ様の声。

 そんな顔をさせてしまってごめんなさい、グラジオ様。

 私はもう、自力ではリリィベルに戻れないみたいです。

 ミュールが、考え直しでもしてくれない限りは――


「……なーんての!」


 ミュールがぱっと笑顔になったのがわかります。

 同時に、私と交代。

 このまま奪われてしまうかと思われた肉体が、私に返ってきました。


『冗談じゃよ、マジになりおって』


 ミュールは黒猫の姿で顕現し、してやったと大笑い。

 流石のグラジオ様もこの「いたずら」にはかんかんで、黒猫スタイルのミュールをがしっと掴んで「ミュール……?」とすごんでいました。



***



 悪魔退治は成功。

 リーシャン家まで送っていただき、グラジオ様と別れました。


「ミュール。あなた、本気でしたよね? どうして私に身体を返したのですか」

『……さあのう』


 身体を奪われた張本人だから、わかります。

 あのときのミュールは、本気で「リリィベル」を奪い取るつもりでした。

 どういうつもりなのかと聞いても、ミュールからはまともな答えが得られません。

 よくわからないままこの騒動は幕を閉じましたが、これ以降、私がミュールに身体を使わせることはありませんでした。





『どうしてかなんて……自分が知りたいわ』

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