17 民衆は聖女に助けを求め、「聖女」はそれに応えた。

 人目がある中で悪魔を祓ってしまったことをきっかけに、私の元にはたくさんの相談が舞い込むようになりました。

 有力な人を通じて私に届くこともあれば、ただ道を歩いているだけで助けを求める人々が集まってきたりもします。


「リリィベル様、どうかうちの子を」

「主人の様子がおかしいんです」

「最近、どうにもイライラして……。このままだと、なにかしてしまいそうで」


 町の様子を見に外へ出ただけで、こんな状態です。

 家族や職場の人に会って欲しい、という話から、自分自身がおかしくなっているような気がすると話す人まで、様々です。

 この地を守る人間としても、私個人としても、相談されたら放っておくことはできません。

 これでも子爵家の娘ですから、いつでもどこでもすぐに、とはいきませんが……。

 私は、助けを求める声には出来る限り応えました。

 いつの間にか、相談受付用の時間と予約枠が作られたりもしています。


 人をみた数は、もう二桁では収まらないかもしれません。

 そのうち、悪魔が憑いているのは2割から3割程度。

 心の問題やトラブルの全てに、悪魔が関わっているわけではないのです。

 悪魔憑きでしたら、祓ってしまえば解決に向かうことが多いのですが……。

 そうでなかった場合は違った対応が必要となりますし、回復にも時間がかかります。




「ありがとうございます、リリィベル様。こんなこと、誰にも話せなくて……。少し、楽になった、気が……っ、ううっ……」


 ルーカハイト家所有の、医療施設の一室にて。落ち着いて話せる場所を、グラジオ様からお借りしています。

 涙ながらに話すのは、今日の相談者の男性です。

 年は20代後半。仕事が上手くいかず、奥様にきつく当たってしまうことがあるのだと、自ら相談しに来ました。

 この方に、悪魔は憑いていませんでした。

 ですから、私は何もしていません。ただ、彼の話を聞いただけ。

 それだけでも、彼の心を軽くすることができたみたいです。

 

 自分の都合で、妻に八つ当たりしてしまう。

 そんなこと、なかなか人に話せません。他人に知られてしまえば、ひどい奴だと罵られることになります。

 でも、この方は。自分の意思で、自分の言葉で、私に打ち明けたのです。


「……あなたは、勇気と優しさのある人です。奥様にあたってしまうことを、よしとしていない。いけないとわかっているから……。本当はそんなことをしたくないから、私に相談しに来たのですよね」

「……っ」

「自身の過ちを人に話すのは、とても勇気のいることです。それでも、あなたは話しました。他者に知られてでも、己の行いと向き合い、解決したいと考えている。そうですよね?」

「はい、はいっ……」

「大丈夫。あなたは、きっと大丈夫です。勇気と優しさのある、あなたなら」


 男性は、涙を流しながら、何度も何度も私に「ありがとう」と言って帰っていきました。


 こうしてたくさんの人と会うようになって、わかったことがあります。

 ……人は、それほど強くない。

 今回の男性は自ら相談しに来ましたが、被害を受けている人や、近しい者を心配する人が助けを求めてやってくることの方が多いです。

 事態が深刻になればなるほど、問題を家庭の中に隠したがる傾向もあるようです。


 私は今、闇を祓う聖女と呼ばれています。

 ただの人間ではなく「聖女」ですから、普通なら話せないようなことも打ち明けてもらえるのです。

 では。もしも、「聖女」がいなかったら。彼らの闇は、どこへ向かっていたのでしょう。


 今日の相談を終えた私は、そんなことを考えながら、一人、夕焼けを眺めていました。

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