16 人々は、彼女をこう呼んだ。聖女様、と。

 女性のそばを離れ、グラジオ様の元へ向かいます。


「グラジオ様、あの男性とお話させてください」

「……ダメだ。許可できない」

「少しだけでいいのです。少し……手に触れるだけ。それだけです」

「あの男は、正気を失っている。君を危険に晒すことはできない」


 確かに、加害男性は今も唸りとも叫びともつかない声をあげ、憲兵に抵抗しています。

 ですが、私には。とても強く、頼もしい方がついています。


「グラジオ様がいれば大丈夫。そうでしょう?」


 グラジオ様の黒い瞳を、まっすぐに見つめます。

 うっ、と、彼が怯む様子を見せました。視線をそらさず、グラジオ様、と畳みかけます。

 すると彼は、諦めたように息を吐きました。


「……わかった。少しだけだからな。危険だと判断したら、すぐに君から引き離す」

「ありがとうございます!」




 グラジオ様が憲兵と話をつけ、男性を私の前に連れてきてくれました。


「グラジオ様。その方の手を」

「……ああ」


 グラジオ様が男の手を持ち上げ、私の方へ伸ばします。

 動けないよう押さえつけられているため、危険はなさそうです。

 私一人だったら、理性を失って暴れる男性に干渉することはできなかったでしょう。

 苦しそうにうめく男性が、少し可哀相ですが……。

 

「ごめんなさい。少しだけ、我慢してください」


 そう伝えてから、男性の手に触れます。

 一瞬、真っ暗になる視界。男性の背後に見える黒いモヤ。


「やはり、そうでしたか……」


 この方も、悪魔憑きでした。

 そうとわかれば、対処は簡単です。

 いつも通り目を閉じて相手に意識を集中させ、悪魔のいる空間に精神を接続。


「この人を、返してもらいます」


 人型のなにかに向かって拳をふるえば、退治完了です。

 男性にまとわりついていた黒いモヤは、霧散していきました。

 それと同時に、男性は抵抗をやめ、ゆっくりと、眠るように意識を失います。表情もずいぶん穏やかになりました。

 

「リリィ、今のは……」


 グラジオ様に向かって、頷きを返します。

 私が悪魔を祓っていることは、グラジオ様も知っています。実際に見るのは、今回が初めてですが。

 人の目がある今、悪魔を祓いました、とは言いにくかったので、言葉にはしませんでした。


 私は何も言わなかった、のですが……。


「今、リリィベル様がなにかしたのか!?」

「急に大人しくなったぞ?」


 騒ぎを聞きつけて集まっていた人々が、ざわつき始めました。



 ここから、私の……子爵家の娘、リリィベル・リーシャンにまつわる、不思議な話が爆発的に広まっていきます。

 これまでに重ねてきた悪魔祓いの話も、これをきっかけに表に出るように。


 私が手に触れただけで、優しい人に戻った。

 元気のなかった人が、笑顔を見せるようになった。

 憑き物が落ちたようだ、と。



 その後も行く先々で悪魔を祓い続けた私は、いつしかこう呼ばれるようになっていました。

 聖女様、と。

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