5 何度でも、あなたの手を取りましょう。

「リリィベル。君は、その……。想い人はいるのか」

「……!」


 ミュールと契約してから、1月ほど経った頃のことでした。

 グラジオ様に呼び出されてルーカハイト家に行ってみれば、彼からこの言葉。

 私は、このやりとりを覚えています。

 

 茶器を片手に視線を泳がせ、落ち着かない様子で頬をかくグラジオ様。

 ここでの私の答えによっては、近いうちに彼から婚約を申し込まれるのです。


『こやつ、探りを入れておるぞ! 臆病じゃのう』


 そう茶化すミュールには、一発入れておきました。

 謎の同居空間での出来事ですから、グラジオ様には見えていません。


「……いますよ。とても大切で、絶対にお守りしたいと思う方が」


 私の答えを聞いたグラジオ様が、息を詰まらせました。


「そ、そうか……。幸せ者だな、その男は。誰なのか、聞いても……いや、不躾だな。すまない」


 彼の声は、震えています。


 私たちは、結婚式でフォルビア様に刺される。

 ならば私とグラジオ様が結婚しなければあの悲劇を回避できるのでは、と考えたこともありました。

 けれど、相手が誰であってもグラジオ様とその結婚相手が刺されるのなら……。

 この先で起こることを知っている私が、近くにいた方がいいはずです。


 グラジオ様とフォルビア様が婚約することもないでしょう。

 彼女は彼女で、これから婚約者ができるのです。

 フォルビア様と婚約するのは隣国の有力貴族で、このときには既に縁談が持ち上がっています。

 婚約者との仲は良好だったはずです。


 それに何より――


「グラジオ様。私は……あなたをお慕いしております」

「……! 俺を……?」

「はい」


 私は、静かに、けれど確かに頷いた。

 そう。私は、グラジオ様のことが好きなのです。

 仮に、私以外の女性と婚約すれば未来が変わり、あの悲劇を回避できるのだとしても……私は、グラジオ様の隣を他の誰かに譲りたくありません。

 彼の隣で、大事なものを守り切ってみせる。私は、そう決めました。

 だから、あなたが好きなのだと伝えることに、迷いはありませんでした。

 こんなにもはっきり告げてしまうなんて、少しはしたないかもしれません。

 でも、悲しい未来も見てしまった私は、気持ちを抑えることができませんでした。


「俺……。そうか、俺、か……」


 頬を赤らめた彼が、口元を抑えます。

 きっと、その大きな手の下では、口元が緩んでいるのでしょう。


「あ、あー……。女性に言わせてしまってすまない。俺も、その、き、きみ、君の、ことが……」


 目の前の彼は、頬どころか、耳まで真っ赤に染めあげました。


 好きだ。


 その一言がなかなか言えないようで、グラジオ様は口をぱくぱくさせています。

 ああ、やっぱりグラジオ様だ。

 彼は責任感が強く、真面目で勇敢な男性。そういった気質のせいか、恋愛には奥手で。

 結局、この日はグラジオ様の気持ちを聞けないままお開きとなりました。

 



 後日、改めて会う約束をしたときには覚悟をきめたようで。

 正装でリーシャン家にやってきた彼は、百合の花束を抱えていました。


「リリィベル。ずっと前から、君のことが好きだった。俺と、結婚して欲しい」


 真っ赤な顔をして花束を差し出した彼は、ひどく緊張しています。


「喜んで」


 そう答えて花束を受け取ると、彼の表情が歓喜のものに変わっていきます。


「ありがとう。嬉しいよ。そうだ、リリィ、と呼んでも?」

「ええ。ぜひ、そう呼んでください」


 喜びに満ちた彼が、私に向かって手を伸ばし……私に触れる直前で止まりました。

 こほんと咳ばらいをすると、今度は私の前に跪いて手を取り、手の甲にキスを。


「リリィ。君を幸せにしてみせる。この先の道を、俺と一緒に歩んで欲しい」

「……はい。私も同じ気持ちです。グラジオ様」

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