4 見つけた、希望のはじっこ。
グラジオ様とフォルビア様を始めとする、周辺の人々。領地や領民の様子。この辺境や国についての記録。
一通り確認してみましたが、本当に私の瞳の色以外に変わったところはないみたいです。
過去にさかのぼった上に、元からそうだったものとして事象を書き換える力まであるのに、変えた部分が瞳の色だけだったことが不思議に思えます。
私と「契約」して時間を戻し、この身体に住み着いた悪魔・ミュールといえば――私の中で拗ねっぱなしです。
『なんでじゃあ……。お前を乗っ取って、この辺境を手に入れるはずが……。大人しい女だと思ったのにこんなじゃじゃ馬とはのう、大嘘つきもいいところじゃ』
「誰が嘘つきですか」
精神世界とも呼べる場所で、ミュールとの肉体主導権争いが勃発。
拳で打ち倒し、今回も勝利を手にしました。
ミュールと契約して以来、毎日毎日、何度もこの戦いが発生しています。私の全戦全勝です。
辺境伯の妻となるこの身。もしものとき足手まといにならないよう、護身術を叩き込んであるのです。
『嘘つきじゃろー! 普段は上品に振る舞っておいて、我にはこの暴力っぷり! なーにが白百合の君じゃ! みな騙されておる!』
大きな声で騒ぐミュール。
この声が私にしか聞こえないことに助かっている面もあり、厄介でもあります。
ミュールの言う通り、私は「白百合の君」と呼ばれることがあります。
銀の髪から百合を連想しているのでしょう。
領地の人たちには、「フォルビア様が皆を明るく照らす太陽なら、リリィベル様は静かに皆を見守る月のよう」と言われていたりも。
少し恥ずかしいのですが……慕っていただけること、肯定してもらえることを嬉しくも思います。
『白百合の君。静かに見守る月。そんな風に言われるおとなしーいお嬢様が弱ったところなんて、簡単に乗っ取れると思ったんじゃがのう……。とんだミスをしたものじゃ』
それからも、ミュールは『最悪じゃ』『暴力女』『狸が』と文句を言い続けています。
「見誤ったのはあなたでしょう。それに、私には……」
『やらねばならないことがある、じゃろ? それも聞き飽きた。ああー暇じゃー。身体を使わせろ暴力白百合』
「いいわけがないでしょう」
再び主導権争いが勃発。顎と思われる部位に下から拳をえぐりこんで勝利。
顎、と言い切れないことには理由があります。
私たちが戦っている謎の空間では、相手の姿がはっきり見えないのです。人型のモヤ。それくらいしか感じ取れません。
だから私には、ミュールが人型であることぐらいしかわかりません。
ミュールと争う生活が始まってから、10日ほど経っていました。
悪魔を名乗る彼女――声からして女性なのだろう――について、私はまだ何も知らないままでした。
「今更ですが……。ミュール。あなたは一体どのような存在なのですか?」
『本当に今更じゃな……。このマイペース娘が。じゃがよく聞いてくれた。我は高等悪魔のミュール様! 数いる悪魔の中でも、契約した相手の身体を乗っ取れるだけの力を持つものは珍しい! 下等な悪魔にはできない芸当じゃ。我はすごいんじゃぞ』
「……乗っ取れていないと思いますが」
『だまれい! 貴様がおかしいのじゃ! 我が弱いわけじゃない!』
ぴいぴい騒ぐミュールを無視し、彼女の発言を思い返す。
「……数いる悪魔? 高等悪魔に、下等悪魔? あなた以外にも悪魔はたくさんいて、種類や力の差もある。そういうことですか?」
『そうじゃぞ! 貴様ら人間には見えないだけでたくさんおる! 我はその中でもつよおい悪魔で……』
「見えないだけで、たくさんいる……」
――まさか、フォルビア様も?
彼女も悪魔と契約し、身体を乗っ取られてしまったのだとしたら……。
あんなにも明るく優しい彼女が、私とグラジオ様を刺すなどという凶行に走った理由として、頷けます。
今のフォルビア様が悪魔に乗っ取られているようには思えません。
けれど、もしかしたら既に。もしくはこれから。
悪魔にとりつかれ、刃を握ってしまうのかもしれない。
「フォルビア様のことを、もっとしっかり見ていないと、ですね。ミュール。悪魔について、他に話せることは?」
『ん? おー、ああ……うーん……。教えてやらんのじゃ。我は悪魔じゃぞ? なんでも教えてもらえると思うな! 身体を使わせてくれるなら少し考えてやってもいいがのう』
「はい? 今なんと?」
『ひっ……。き、貴様に話してやることはないと言ったのじゃ!』
「そうですか。でしたら、それでも構いません」
希望の端っこを掴んだ。そんな気がしました。
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