2 逆行の代償、暴力で退けて。ここから進むお嬢さん。

『あなたの願い、確かに聞こえました』

「え……?」


 誰かの声が聞こえる。女性のものだ。辺りを見回しても、それらしき人影は見当たらない。


『リリィベル・リーシャン……。いえ、リリィベル・ルーカハイト。あなたの切なる願い、私が叶えましょう』


 優しく語りかけてくるその声は、物語に出てくる神や天使のよう。私の頭に直接響いてくるように感じられた。

 気がつけば、私は真っ暗闇にいた。そのうち、まばゆい光を放つ球体が目の前に現れる。

 グラジオの姿はない。私は、どうかしてしまったんだろうか。


『ただし、代償としてあなたに様々な困難が降りかかり、相当な苦痛を与えるでしょう。それでもいいのなら……。それでも助ける覚悟があるのなら、光に手を伸ばしなさい』


 神でも、天使でも、悪魔でも。限界を迎えた私が見た夢でも。もう、なんでもよかった。

 少しでも可能性があるのなら、私は――


 光に向かって手を伸ばし、掴んだ。


『契約、完了じゃ』


 さっきまでと同じ声。でも、話しかたは全く違う。嘲笑交じりの言葉を最後に、私の意識は途切れた。



***



「あーっはっはっはっは! 人間はバカよのう! 苦痛を与えるとしっかり言ったろうに! この女の身体を使って、まずはこの領地を手中に……くくっ、あはははっ」


 自室のベッドの上に立って高笑いをするのは、私であって私ではない誰か。

 光を掴んだあと、意識を取り戻したときには、私の身体はなにかに乗っ取られていました。

 1つの身体に二人の人間が入り、私の方が押し出されているような感覚。


 困難とか苦痛とか、確かに言っていましたね。

 みんなを助けることができるのなら、どんな痛みも受け入れるつもりでした。

 でも、身体を勝手に使われて、私はただ閉じ込められているだけというのは、違うなあと思うのです。

 困難も苦痛も受け入れます。でも、身体は返していただきます!


「おどきなさい!」

『ぶえっ』

 

 気持ちのままに思いっきり手を振りかぶると、ばちんと何かにぶつかりました。

 同時に、身体の主導権が戻ります。よくわかりませんが、私にとりついたなにかは、暴力で退治可能なようです。


『えっ、なんでじゃ? どうして出てこれるんじゃ? というかお主、今、我のことをなぐっ』

「お黙りなさい! そもそも、あなたはなんなんです!?」

『あ、悪魔じゃ! 高等悪魔のミュール様じゃぞ! その我にこんなことをして、無事で済むとおもっ、うぐっ……』


 今度は拳を打ち込んでみます。ミュールとやらが苦しむ声が聞こえました。

 打ち込んだ、というのは、現実ではなく精神世界のような場所での話。

 なんだかよくわかりません、本当によくわかりませんが――普段見ている世界とは別に、悪魔と同居する空間ができてしまったみたいです。

 私はその謎の空間で悪魔に勝ち、身体を奪い返すことに成功しました。


『なんじゃ、なんなのじゃお前―! お淑やかな貴族の娘だったじゃろ! 契約もしたはずじゃ! なんじゃこの暴力女!』

「おだまりなさい! 悪魔だかなんだか知りませんが、あなたにかまっている暇はありません! 私には、やらねばならないことがあるのです!」

『なんなのじゃあ……。思ってたのとちがあう……』


 ベッドからおり、鏡の前に移動。今の私は15歳ほどに見えます。どうやら、4~5年ほど時を遡っているようです。

 この年からやり直せば、グラジオ様もフォルビア様も救えるかもしれません。

 

 やり直しの代償は、悪魔との契約でした。

 でも、暴力で勝てるなら問題ありません。

 このリリィベル・ルーカハイト……。いえ、まだ結婚前ですので、リリィベル・リーシャンです。

 私は、必ず……!


「グラジオ様、フォルビア様。……領地の皆様。絶対に、助けてみせます!」


 大好きで、大切な人たちに。あんな未来、訪れさせはしません。

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