1 絶望の中、願うのは。
リリィベル・ルーカハイト。それが、今の私の名前。
リーシャン子爵家に生まれた私は、辺境伯であるルーカハイト家や、その領地の一部を任された伯爵家を補佐する立場にあった。
15歳のとき、ルーカハイト家次期当主のグラジオに婚約を申し込まれ、20歳で結婚。
結婚式は、一月ほど前に挙げた。けれど、それだけの時間が経ったという感覚が、私にはなかった。
何故なら――
「悪魔だ!」
「殺せ!」
「よくもグラジオ様とリリィベル様を!」
「悪女には制裁を!」
領民たちの怒号が聞こえる。
これから、フォルビア・ユーセチア元伯爵令嬢の処刑が行われるのだ。
あまりのことに、はっ、はっ、と浅く呼吸をしながら自分の耳を塞ぐ。
私を抱きしめるグラジオの片腕に、力が込められた。
私、リリィベル・ルーカハイトは、結婚式の最中、親友だったはずのフォルビアに刺され、しばらく意識を失っていた。だから、一月も経ったと思えないのだ。
隠し持っていた小さなナイフで、腹を一突き。
よく覚えていないけれど、次の一撃は私を庇ったグラジオの腕に突き刺さったそうだ。
ようやく目を覚ましたときには、フォルビアの処刑が決まっていた。
ルーカハイト家の一室にて、私とグラジオはベッドの上で身を寄せ合っている。
二人とも命に別状はなかったものの、私はしばらく療養に専念しなければいけないし、グラジオの片腕は前のようには動かない。リハビリをしても、元に戻すのは難しいそうだ。
そして、私たちを刺したフォルビア。彼女は、今日、処刑される。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。
グラジオは、優秀な先代たちにも劣らぬ当主になるため、武術の腕も磨いていた。
辺境伯は、国防の要だ。有事に指揮をとる自分が弱くてどうするのだと、彼は笑っていた。
なのに、片腕が使えなくなってしまった。幸い利き腕ではなかったけれど、彼の苦痛や悔しさはどれほどのものだろう。
フォルビアは、私たち夫婦共通の幼馴染で、私の親友だった。
彼女が生まれた家、ユーセチア伯爵家は、ルーカハイト辺境伯に領土の一部を任されている。
年も近い私たちは、三人揃って会うことも多かった。
幼い頃からの友人で……親友、だったのだ。立場の差はあれど、私はそう思っていた。
私たちの結婚を祝福してくれた領民たちは、力いっぱいにフォルビアを罵り、早く殺せと叫んでいる。
結婚式の日は、領地の各所で祭が開かれていた。
式の前に、祝いの言葉をくれた人だってたくさん。
あの時は、みんな笑顔で。
こんなにも素敵な人たちの力になれるのなら。この領地と笑顔を守れるのなら。辺境伯の妻としての務めを果たすことに、迷いはなかった。
悪魔、悪女、殺せなどと叫び、狂乱するような人たちではなかったのだ。
グラジオの動かない片腕。
これから処刑されるフォルビア。
力いっぱいに罵声を浴びせる領民。
私の大事なものが、みんな壊れてしまった。
どうして。どうして。どうして……?
フォルビアに向けられた罵声を聞きながら、涙を流す。
両手で耳を塞いでも、グラジオに強く抱きしめられても。
嫌なほどにはっきりと、大きく聞こえてくるのだ。殺せ、殺せ、と。
「こんなの嫌……。誰か、助けて……」
もうどうにもならないって、わかってる。
グラジオの腕も、フォルビアが処刑される事実も、民衆が抱いた怒りと恨みの熱も。
だって、過去には戻れないのだから。
それでも、願うことをやめられない。
おねがい。だれか、たすけて。みんなを、たすけて。
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