6 そんなあなたが、好きなのです。

 こうして、逆行後の世界でも私とグラジオ様は婚約しました。

 娘が辺境伯の子息に結婚を申し込まれたことを知った両親は大喜び。

 私たちが仲のいい幼馴染であることも、グラジオ様の人柄もよく知っているから、婚約の話を聞いたその場でパーティーを始めそうな勢いです。


「お父様、お母様。パーティーは後ほど正式に行うでしょうから、ひとまずグラジオ様と二人でお話させていただけませんか?」

「あ、ああ、そうだな。そうだったな。嬉しくて、つい……」

「二人……二人でお話……! わかったわ! リリィ、グラジオ様、こちらの部屋へ!」


 両親はまだあたふたしています。

 落ち着かない様子の母に連れていかれた部屋には――


「「……」」


 天蓋つきの大きなベッドがありました。

 他の家具も、二人で使うことを想定されているように見えます。

 いちゃつけと言わんばかりのお部屋。

 我が家に、こんな場所ありましたっけ。お母様。

 確かに二人でゆっくり話したい気持ちはありました。

 けど、急にこれは、あまりにも……。

 横目でちらりとグラジオ様の様子を確認すると、彼は――


「っ……!」


 顔を真っ赤にして硬直していました。湯気が出そうなまっかっかっぷりです。

 婚約した直後に、あんなことやこんなこともお好きにどうぞ、とでも言いたげな部屋に連れてこられたのです。それも、婚約相手の母親の手で。

 グラジオ様は奥手な方ですから、固まってしまっても無理はありません。


「あの、グラジオ様」

「うあっ!? な、なんだ、リリィ」

「うちの母が申し訳ありません。……よければ、そちらのテーブルでお茶にしませんか? 使用人を呼んできます」

「あ、ああ。そうだな。そうしよう」


 こくこくと頷くグラジオ様。わかりやすくほっとした様子です。

 まだ婚約直後で、私の合意もないとはいえ、据え膳食わぬはなんとやらという言葉もあります。

 けど、私は。ここで何もできないグラジオ様だから、この人のことが好きなのです。


 その後は、使用人も控えた状態でお茶を楽しみました。

 色々重なってしまいましたから、グラジオ様はまだ緊張しているようで。

 お茶や砂糖をこぼしたり、お茶菓子を手から滑らせたりしていました。

 帰る頃には、情けない男ですまない、とずーんと肩を落としてしまいます。


『ほんっとうに情けない男じゃのー。こやつ、ついてないんじゃないのか? ぐっ……』


 茶化してくるミュールは、適宜しばきます。

 グラジオ様は、背が高くて強くてかっこいい、領民たちの憧れの男性です。

 なのに、ここで何もせずしょんぼりする人だからいいのではないですか!

 グラジオ様なら、その気になればいくらでも女性を侍らせることができます。

 そんなことはせず、婚約相手と二人きりになっても手を出さず、緊張して砂糖をこぼすような人だから! 

 かっこいいのにとても可愛らしいお方だから、いいんじゃありませんか!

 そんな気持ちから更にミュールに打撃を加えると、『わかった、わかったからもうやめろ、グラジオ過激派女……』と、ようやく静かになりました。


「グラジオ様」


 だいぶがっくりきているグラジオ様の手を取ります。

 グラジオ様は、しょんぼりしながらも私のことを見てくれました。


「私は……グラジオ様のお優しいところも、大好きです」

「リリィ……。ありがとう」


 可愛い、とは言いにくかったので、少し言い換えさせていただきました。優しいところでも間違ってはいません。

 婚約したこの日は、手の甲へのキスと、リリィ呼び。両家に正式に報告すること以外、特別なことは起きませんでした。

 でも、私は知っています。グラジオ様と私が、これからゆっくり進展していくことを。

 私だけこの先の記憶があることが、なんだか申し訳なくなってしまいます。

 けれど、だからこそできることもあります。

 私が知っている二人の歩み――5年後より先も、きっと守ってみせます。

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