2枚目ーキエル ⑧


音と共に、破片が勢いよく散り。視界をゆっくりと開けていく。

「なんで狼が…」

体全体で敵意をぶつけてくる狼のようなものが出す地響きのような唸り声は、恐怖心を激しく揺らす。

「全員。下手に動くなよ…」

俺にも何かできればいいのだが身を守れるものは、岬先輩しか持っていない。

いや。俺にもたしか…。

ゆっくりと脇腹あたりにあるものに触れる。

もし、災害やパニックが起きた時。混乱した人に襲われることも想定して渡しておくと言われた特殊警棒。

持ってるというだけでいい。それに、許可するまで、絶対抜かないように言われてたけど。

軽い使い方を教わったが、俺は使いこなせないだろう。

だけど、竹内になら…。

ゆっくりとベルトからはずし、竹内に向かって大きく投げた

「馬鹿!」

俺の思った線とはずれ、狼に敵意があると受け取られてしまったようでさらに唸りだした。

「…この状況は、まっずーいんじゃない?」

「考える…待て」

岬先輩の頬を、汗が流れる。

俺をにらむ竹内と坂巻の手には、警棒がある。

そうだ…。あの時、一人ずつ渡されたんだ。

勝手に焦って、判断を間違えた。俺が投げる必要なんてなかった。

狼が体勢を低くしたところで、アスファルトに勢いよく何かが弾けた。

『大丈夫ですか?』

「いまんとこな、どれくらいみえよる?」

「遮蔽物ありません、すみません、援護射撃はできません」

「そうか…え…?」

『すみません―。―5分、いえ。3分。時間を稼いでください。よろしくお願いします』

「3分援護射撃なし…ソロってか?」

一方的に交信切った。

「おい、まじか…」

「大丈夫ですかね。向こうでもトラブルでしょうか…」

「後で聞くか。竹内。そのまま牽制。間合とっとけ。坂巻は、状況のまま竹内のフォローに入ってくれ」

「フォローってってもなぁ」

「動体視力知ってんで」

「おいおい。個人情報ー?オッケ、やるだけやる」

「佐山。お前は、俺の後ろにいながら、動画回しておけ。上手く撮れてなくてもいい」

「…はい」

「…やっちまったもんは取り戻せんからな。深呼吸しい。足元に1発入れるで」

カメラを向けてまつ。

毛並みと言うものがないことに気づいた。

まるで炎のような、煙のような…。浮かんでは消えてを繰り返す。

狼と言えるのか、わからなくなってくる。

岬先輩の、銃が足元を撃つ。

緊張感と冷えた風があたりを包む。

「あいつ。弾が当たっとらんな」

「え…」

「はずしてないで」

録画をそのままに、再生モードにする。

足元にアップ。

銃声のあと。足元をすり抜けて地に弾かれる弾がはっきりと映る。

「…どやった?」

「確実にあたっているはずなのに。当たってませんね…」

「すり抜けるってこと?」

「いや、でも。だったらどうやって物を吹っ飛ばして出てきたんですか…」

「それは―。くっ。竹内。集中!」

狼は、竹内に飛びかかろうとした。

砲声と大きな風の揺れ。

狼の体は大きく吹き飛ばされ、もがいている。

「友!!!」

振り返ると菊姉が、筒上のものと、銃を携えている。

岬先輩に何かサインを送りながら、布で包んだなにかを滑らせて渡す。

あぁ。そうだ。

投げて渡す必要なんてなかったんだ。

「怪我は?」

「とくにはないと思います」

「俺は少し腰が抜けてるかも…」

「ひっぱることはできます」

「じゃあ、合図するから3人は校舎まで全力で走って」

「佐山は、カメラあいつに向けて置いて、走れ」

「わかりました」

「カウント」

「3、2、1。走れ!!」

カメラを狼の方に向けながら、振り替えず走り出す。

校舎の門は閉まっていて、先に走っていた坂巻の手を借りながらよじ登り、敷地へと入った。


「2人は?」

「もっと門から離れーーーー!!」

二人は壁や、置き去りにされた車などを活用しながら身軽に空を舞う。

門を一気に飛び越え、追いかけてきている狼に向かって銃を構える。

『息も切れてないって…』

狼も門を越えようとしたが、何かに弾かれるように、さっきとは比べ物にならないくらいに飛んでいった。

戦意喪失したのか、そのまま、どこかへ走って消えていった。

「たすかった…」

力が抜けて、しばらくうごけそうにない。

「敷地内には、入ってこれない?」

「みたい…ですね…」

岬先輩は、弾丸をまじまじとみる。

「銀か」

「観測班のデータみてね。お守り程度の気持ち」

「そっちのでかいのは?」

「古いバズーカ改造して遊んでたバカがいるのは知ってたのと、隠し場所が運よく近くだったから。吹っ飛ばせばいいかなって」

「それで、5回から避難用ロープ使って3分か…。復活早々やることかよ」

「そうだよ、身体!!俺たちが出発するときまだ寝てたじゃん!!」

「日頃の寝不足がたたっただけだよ。大丈夫」

「何があったの!!」

青ざめた顔をした香織と、激高がまじった梓。

…あれだけ大きな音がしたら、それはそうなるか。

「麻実、お前なぁ」

「すみません。菊姉さんがいったほうがいいと考えてそっちのフォローをしていました。目覚めたって言うと岬さんんは、緊張感なくなると思ったので」

「判断は正解やな…。で、予定通り準備できてるか?」

「はい。今終わったところなので、そのまま学食でみれますよ。菊姉さんに頼まれたのもあります」

「そか。ほれ、カメラ」

「あ。ありがとうございます」

「麻実に渡すまで録画続けてな」

「はい」

傷ひとつないカメラ。

映像を見たくはない気持ち。

恐ろしいことを思い出すっていうことじゃなくて。

気付かないほうがいいことが映ってる気がする。

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