2枚目ーキエル ③


生徒ホール。

荷物はあるが、人の気配がない。

「鞄が…」

口をあけたままの、無造作に置かれた鞄に寄って、放り出された荷物をしまう。

なんんとなく…持ち主がわかるから引け目だろう。丁寧に片づけておく。

「これ」

「ありがとう」

「なんとなくね。気まずいよねこういうの…」

「あぁ…。やっぱり、他人の荷物だからね」

散らばっているのは、見られたくないだろうし。そのままにする選択肢はない。

「誰かー!!誰かいますかー!!」

声は反響して、遠くへ飲み込まれていく。

「坂巻!!おいっ!!」

「ん…あ…」

坂巻の苦しそうな呼吸に、竹内は安堵の顔をうかべ。呼吸がすこしでも楽になるように、その場に座らせた。

「どうした?怪我とか…痛いところは?」

「…俺…」

竹内は、人が座ってたであろう椅子を触って、俺に同じ事をしろと無言で促した。

まだ暖かい。座っていた跡もあるようにみえてくる。

「坂巻。他のみんなは? 」

「いや…。あれ…。俺…小林たちに…」

「…ごめん。急かしました…。呼吸整えてから。何があったのかあとで…。ゆっくりで。本当、ゆっくりでいいです」

「…悪い」

「いえ、僕のほうこそ」

「どう思います?」

竹内の言葉に、香織のことを考え、返事をするのをためらった。

顔はみていないが、呆れているだろう。

「おーい!!」

岬先輩、須賀に楓。そして麻実。

「やっぱり、ホールからだった」

「僕のですか?」

「そうそう。すっごい響いたから」

吹き抜けから響いて、遠くの方まで反響したのだろう。

それは、他の人の声はしなかったのもあるのか?

「誰もいなかったら、どうしようとおもった…」

ほっとした楓は、涙ぐんで、麻実の肩によりかかるように顔を下にした。

「他に誰かいなかった…?」

「今は見てないです」

麻実が、はっきりといった。

この状態で他のことまで気を回せるのは、岬先輩。竹内。そして麻実。

俺は、とてもじゃないけど冷静とはいえない。

手の先が冷たくなって。すこし呼吸がしにくい。

「佐山君?」

「大丈夫。ただのストレス症状だよ」

「…みせてみ。端末は反応してるのに、処方のほうが動いてないってことは、停電してるんやな」

「少し座ったほうがいいよ」

「岬先輩。通信回路は?」

「それがな…うんともすんとも。ちょっとシステムが動いてるかみてきたいんやけど」

「ついていきます」

「僕もいきますよ」

岬先輩と麻実。竹内でうごいて、色々と確認をしている。


「大丈夫?」

「さっきよりはマシになった」

手の先にもちゃんと血が巡っていく感じがある。

「あ、おかえりなさい。どうでした?」

「ダメやったわ。公共のほうからの電力が止まっとる。障害でもおきてんのか?誰かサジットの回線繋げれる奴おるか?…困ったな」

「みんな、まだちょっと動けないみたいですね」

「せやな。なんや気味悪いこと起きた後やしな」

「先輩もですか…」

「岬先輩は、それでも大丈夫に見えます。なんか慣れてるっていうか。ヘリオスの皆さんは、こういう訓練やってるからですか?」

「阿呆か。こんな気悪くなるようなことまではいくら訓練でもせんわ」

渋い顔のまま、岬先輩は黙ってしまった。

「…できることから…やれるとすれば校舎内をもう一度みることでしょうか…」

「まだ、合流できていな人がいるかもしれないってことか?」

「坂巻は、ここに来た時に気を失っていました。だから」

「前例があるってか」

「俺も…行くよ…」

「無理に動こうとすんな」

「そうだよ、休んでろって」

「1人にはできないから、私たちが一緒に残るよ。もし誰かが動いてたら、私たちとおなじように普段人がいるところには来るとおもうんだよね」

「お願いできますか?」

「うん。いいよね?」

「それくらいなら…」


麻実と竹内を先頭に、校舎を1階からくまなく歩く。

俺は岬先輩の指示通りに、教室や死角になりそうなところや、ホールのような人の荷物があるところは特に念入りに探していく。

香織は、岬先輩の返事を気にしてか、気まずそうについてくる。

『私の作った世界に、みんなを招待します。だから、別の忙しさがくるけど。ごめんね。佐山君』

これは、彼女がつくった世界?

いや、だとしても…。どう証拠をつなげたらいいだろう。

「なぁ、言葉選ばず聞くけど…佐山。お前のほうは、なにがあった?」

「えっと…。香織が穴に落ちていくのを見て、飛び込みました」

「かぁっ…。はぁ…。まぁ無事だからいいものの…。なんかあったら歩に顔見せできへんで…」

「…先輩は?」

「もうひとり俺がいてな。撃たれた」

「…は?」

「聞いたところで、そうなるよな。まぁ、怪我はないんやけど」

あぁ、冗談とかじゃない。

「…夢ではない…ってことですか」

「…おそらくな。ほれ。そん時に落としてん」

小さな身だしなみ用に支給された鏡には、すこしヒビがはいっている。

「みんな願ってはいるとおもうが。俺もヒビをみて。あぁあれは、現実かって…」

「ただの夢ではないみたいな証拠があると余計にですよ」

「坂巻もな…あの様子じゃ、相当なことがあったんだろうけど」

「…」

「香織。もう怒ってへんよ」

「ううん。そうじゃないの」

「?」

「なんかひんやりしない?」

「風か?窓空いてるとか…おっと」

先頭が、とまって、梓と話している。

「落ち着いてください。ただ話をききたいだけですから」

「深呼吸できますか?」

「どうした?」

「梓ちゃん?」

「あ、あぁ…」

「落ち着いてください。何かありました――」

「私…私じゃない!!本当です!!今…、通りかかったら…!」

梓は、教室を指さし、竹内は言葉を失った。

「っ…!菊姉―」

岬先輩が駆け寄る。

最上階の教室のほぼ真ん中に倒れている。

そのまわりに散らばる鋭利な破片は、儀式のような装飾のようで。傾きかけている陽の光できらきらと、ろうそくの灯火のようにゆらゆらとしていた

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