2枚目-キエル ②


「おーい」

仲間内でゲームをしていた坂巻が、手をふって俺らを止めた。

「急いでるみたいだけど、なんかあったの?」

「これくらいの子供。みかけなかった?」

「子供?見てないな。どうしたの?」

「あ…いや。遊んでる可能性もあるんだけど。校内でみかけて」

「おー。理由がわかんねーから、不安になるな」

「見かけたら、保護して教えて」

「おっけー。電話かけるわ」

軽く挨拶をすると、北側のグラウンドへ走った。

「あれ。おかしいな。どこいっちゃったのかな?」

「…静かだねぇ」

「短縮日課だしな」

「そーだったね」

「みんな今頃、何してるんだろう」

「買い物とか?新しい映画もあるんだったよね」

「そう、日曜日はそれみてからゆっくり散歩しようかと思ってる」

「あー。いいねー。そういえばアクセサリー気になってるのがあるんだよね」

「SNSでなにかみつけたの?」

「バーチャル広告であったんだ。買うと、アバター用のシリアルコード貰えるみたい」

「へぇ」

「今日も、デートしたかったなー」

「そうだね」

「そういえば、一緒に走ったりするの初めてだよね。いつもはゆっくり歩くから、なんかちょっと楽しい」

人工芝の感触も音も、くすぐったい。

影を見失ったので、違うルートを提案。

といっても、当てもなく今度は校内を走っていく。

「ねぇ!」

「どうした?」

「こういうとき、うちの学校。上履きがないってことが良かったって思うんだ」

「え?」

「ほら、実行委員とか生徒会役員とかやってるとさ。外と中行き来するじゃん?履き替えることが面倒だったりしたんだよね」

「あー。中学の時はそうだったかも」

「でしょ」

取り留めのない会話。

会議のことは関係のない。普通の会話…。

本当はこんな会話で、毎日過ごせていたらどんなに幸せだろうか。

笑顔で、安心できる相手と一緒に暮らせていけたら。

人生は今よりも楽しく面白いに決まっている。


「あ」

目の前に、小さな影。

「いた」

駆け寄ると、すっと滑るように部屋に入っていった。

「鬼ごっこ気分かなー?」  

「かもね」

「社会科の準備室だね」

「遊んでるつもりかも。もうそろそろ終わりにしてもらおうか。体力的に限界」

「あはは~。大丈夫?」

情けない。体力トレーニングの時間を捻出しよう…。

ドアのガラスは加工されていて、中の様子を窺うことはできない。

「失礼しまーす」

真っ暗で何も見えない。

夜でもないのに。辺りを見回してもなにもみえない。


下から、吹き上げる突風―。

そのとき、隣にいた香織がガクっと消えていった。

「え…」

何もかもを吸い込んでいきそうな、大きく蜷局を巻いている穴。

穴から吹いている風が強すぎて目もあけられないし、底がみえないほどの深さ。

もちろん、社会科準備室にそんなものはない。

やっと頭が、非現実的なことだと理解した。

今まで味わったことのない恐怖感に襲われ、声が出ない。足もすくむ。

意識がないのか、抗うこともない香織。

風に巻き込まれるように、吸い込まれていく。

失う気がして躊躇いもせず、飛び込んでいた。

落ちていく香織に追いつくことは、意外にも簡単だったが。

このあとどうするか。どうなるかまでは考えがまとまらない。

ただ落ちていくだけ。

そうしていると、意識は段々と薄れていった。穴に落ちていく風の感覚だけが最後に残り。

あの小さな影が、薄気味悪く笑っている声も消えていった。


―――


パソコンには授業でよくみた映像がながれている。

ぼーっとする感覚から、色々と昔の感情を思い出した。

こんな俺でも、昔から必死に色々考えていた。

問いかけ揺さぶる声に、ゆっくり自分を取り戻す。

四肢にゆっくり力を入れていく。

幸い、骨は折れてなさそうだ。頭も打ってはいなさそうだ。

『少し痛むけど…。動けはするかな』

見渡すと、そこは生徒会室。

最後にいた社会科準備室ではない。


俺は、窓際に背を預ける形で倒れていた。

「香織―…?」

不安になる、落ち着かせるために、言葉を何回もつぶやく。

「頭は冷静に。状況をつかめ」

今は、この言葉が頼り。俺が変われた切っ掛けの言葉。

飛び出して走りだそうと力をいれたが、生徒会室をでて、すぐの廊下で意識を失っている香織をみつけた。

「香織…香織っ!」

すこし強く香織を揺らした。

閉じた瞼がピクっとうごいて、目をゆっくりあけた。

どうやら無事のようだ。

今度は、優しく声をかけながら揺らす。

「香織」

「…あれ…私。社会科準備室で…」

そう、社会科準備室まで、子供を追いかけて。

「穴に飛び込んだ」

「引っ張られた」

視線が合い、異なる言葉で不安が渦を巻いていく。

「俺は、香織が落ちたのをみて…」

「そう。私…引っ張られて落ちたよ…。大きな穴の中に…」

お互い共有していることに、不気味さが拭えない。

すこしでも、理解できる範囲にしたいと思って、何度も言葉にして確認している。

「でも、どうしてここなんだろ」

「どうして」「なんで」答えの出ないことばかりにしばし黙り込む。

「ホールに居た人たちは…居るかな?」

子供を追いかける途中、新巻と話をしたことを思い出した。

「行こう」

香織の怪我の有無を確認してから、手を引っ張っていた。

普段なら、「痛い」と言われるかもしれない強さだ。それでも、香織はなにも言わず、必死についてくる。

『とりあえず、誰かに会いたい。会えば何とかなるんじゃないか』

「…二人して同じ夢なんてね」

「うん」

ずっとしゃべっている香織。

何度も何度も、同じことをいうくらい混乱していて、不安で正気を保とうと必死なのだろう。 俺自身も、繋いだこの手を離したら、なにかが折れそうだ。

「気が合うよねー。私たち」

「そうだね」

「…あ」

香織が急に足を止め、俺の身体は後ろに少し引っ張られ、一歩さがった。

「どうした?」

同時に、香織の強張った目線を追う。

階段の上。強張ってはいるが見慣れた顔と会う。

「ゆうくん…」

香織の口からでた名前に、俺も少し固まる。

相手もその香織の行動に驚いたように、こっちを見ている。

気まずい。

竹内と香織は、恋人だったから。

俺と竹内は、親友だったから。

竹内が何かを言おうとするが、今度は香織が俺を引っ張って歩き出す。

ホールに人がいるのを確認するほうが先だというように。

怪我がないかくらい声をかけるべきだったか。

でも、何を話したらいいのか解らない。香織は怖い思いもしたことだし。

彼女がそうしたいなら、それは従った方がいい。

竹内も、距離をとって、ついてきた。

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