2枚目

2枚目―キエル 


二枚目 キエル



多くの生徒が家路についているのを横目に大きなため息をつく。

現生徒会と、次期生徒会の資料が大量に目の前に積まれているからだ…。

前年の生徒会は、村上生徒会長の指揮のもと、役員がメンバーが士気たかく、作業中は戦場だった。でも、お互いを思いやりながらの笑いの絶えない空間だった。

今年の梓の生徒会は、組織が崩壊。メンバーは俺以外抜けてしまった。

次に控えている香織の生徒会役員は、先ほど香織の呼びかけが総会であったため、候補者さえいない。

つまるところ、ふたりだけでこの量を終わらせなければならない。

現生徒会の事まではやらなくてもいいのに「仕事に慣れたい」と手分けをしてやることを提案された。

驚いたのは事前に、梓の承諾を得ていたこと。

朝起きて梓からの連絡があり、今日は登校はするが生徒会室にはいかない旨。そして、書類や各方面への指示があり。

添付に香織からの生徒会使用の許可があった。

昨日のホールの事があったからか、昨日から、しきりに『しっかりしなきゃ』『これじゃだめだ』と言っていた。

ともかく、各方面に面倒をかけてしまうことを避けるためには、俺や香織が動けば減るのだということが証明された。


「あー…これは破棄でいいか。お願いしていい?」

「うん。あー、ついてないー。大事なとこで噛むなんて…」

「正式に生徒会長になれば、人前に立つことはもっとあるよ」

「うー…」

無理もない。香織が考えに考え抜いた掴みとなる初セリフを、盛大に噛んだのだ。

俺からすれば、それはかわいいと思えること。

「大丈夫。成功と失敗はいつも紙一重だよ」

「それすら愛嬌にもっていけるって…村上先輩が言ってたってね」

「懐かしいねー。村上先輩元気かなー」

「兄さんからきいたけど、企業するみたいだね」

「そうなんだ」

声色をかわり、手が止まる。

「ねぇ…佐山君。昨日。誰と電話してた?」

脳裏に、そして大きな月と、メールと声。そして、あの不思議な夢。

「あの後ね。明日のために寝ててって言われたけど。待ってたら様子みにきてくれるかなって…ちょっと期待して待ってたんだ」

「なんかあった?」

「ううん…」

アバターを残したことが、裏目にでたようだ。

「それで、電話してみたら、話中でさ」

「友達と話してた」

「最近、結構…頻繁だよね?」

「え?」

「電話、あんまりつながらない」

「電話かけてきてたのか」

「うん。タイミングなかったから今まで言わなかったけど。…誰と話してるの?」

知っていたことは、正直驚いたし、ここまで不安定になっているのも気付けなかった。

特別、疚しいことがあるわけではないし。だからといって、アレコレ言うべきことではないと思う。

「相手は?どんな関係の人?」

「相談事だから、詳しくはいえない」

「んじゃ、内容。友達関係とか?恋愛関係?」

「ごめん。いえないよ」

「ただの相談なんでしょ?名前くらい教えてよ」

「教えられない」

「なんで…!?」

「俺を頼って相談してくれたんだと思ってる。香織は、相談されたら、事細かに俺に言う?」

「言う」

「香織だから、相談してくれたと思わない?俺に知られたくないかもしれないよ」

「それでも言うとおもう」

「相談事って結構勇気いると思うんだ。相談って、自分の弱っている部分だから、誰にでも話せることじゃないと思う」

「そうかな?知り合い同士、手助けしてあげたほうが心強いとおもう。隠してるほうが、身近な人からは疑われると思うけど…」

これが感覚の違いっていうやつか。

相談というものの捉え方が正反対すぎて、続けていうはずだったものをぐっと、抑える。

噂を手に取って殴りつけるような、行為に近いことをしてしまうことを避ける。

『それは香織が嫌がっている噂に繋がってると思うんだよ。そういうところから人伝に変換されて、湧き出てくるものだと思うのだけど』

頭の中でいうことで、消化。

「だから。誰からなのか教えてほしい」

「本当、何もないから、言わない」

「何もないって逆になに…?」

香織の望むように、全て打ち明けてしまうのは簡単な解決策だとはおもうが、相談事についての考え方を変えることはできない。

余計なものまで背負ってしまったら、どうしようもない。

「信じたいけど…。私達の場合だって同じだったもん」

俺と香織が付き合う切欠は「悩み相談」だったから、不安がるのも理解できる。

「約束。覚えてる?」

岬先輩を真似て。なるべく優しい声色を選んで、切り替えるよう促す。

弱々しく返してくる声に、心が少し痛む。

「信じること」

「同じ場合だからって、相談されたら、全員と同じ関係になるわけじゃない」

「そうだけど」

「俺は、香織だから好きになった。支えたいと思ったし。一緒にいたいと思った」

「そうだけど不安なの。お願いだから!おねがい…だから…」

「―――わかった」

「…ありがとう」

『止めるとハッキリいえなくてごめん』と『良いんだこれで』を繰り返す。

どこかで、言い聞かせている。自分を抑え込んでいる行為だということはわかってる。

俺の気持ちは届かなかったのは悲しいけれど。香織が安心するほうが今は大事だ。

気持ちが落ち着いたら、ちゃんと話し合おう。

負担になってしまうことは避けつつ、相手には話をして理解はしてもらえると思う。

そして、きちんと謝って。

許してもらえるなら、また相談しあったっていい。

このことを伝える時に、俺の中にある後始末も、一旦相談しあう仲から引くまえに、最後に聞いてもらえたらと甘えている考えもある。

香織を、そっと抱きしめた。こうすればすこしは人肌で安らぐだろうか。

どこかで俺自身も、体温で慰められている。

たとえ非力でも、ずっと守っていたい。そう思っているのは事実。


ふと気配がして、廊下に目をやると人影がよぎった。

「誰かいる」

腕を解いて、少しだけ距離をとる。

「え?」

場所だけに、見られたらまずいというのもあったが。

人影は、子供のようだったことに引っかかりがあった。

「居ないけど…」

「いや…これくらいの子供が…」

「子供…?」

作業に戻ろうとしたとき、今度は香織が声をあげた。

「あ、あの子?」

グラウンド側。 真ん中を楽しそうに軽々と舞うように歩いている子供。

「どうしたんだろ。今日は部活動なんてないのに。えーっと、グラウンド開放の日でもない。先生の子か、近所の子かな?」

いつもは気にしないのに、今日はすごく気になる。

この資料のほうが早く片付けてしまいたい事柄なのだが、香織の不安げな声が背中を押した。

「大丈夫かなぁ」

「とりあえず、行ってみるか」

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