1枚目ーシミ ②


小峰先生に、感謝すると同時に「申し訳ないです」といったら先生は、「気にしないでいいと思います」と笑いとばしこう提案た。

「仕事がひとつ片付くのはいいことだ」と思うようにすればいい。と。


―世津学園 特別施設内

冷たい凛と澄んだ空気の流れる場所。

説明を聞きながら、奥へ進んでいく。


「射撃部は、民間施設に配備される軍人育成施設のひとつです」

淡々と説明していく先生達は、それぞれの制服に着替えている。

大人的に、ちゃんとしなければならないということだろう。

「資料に目を通したことはありますか?」

「少しは」

「この学園の校舎は、有事のときは民間保護施設。または、軍事施設になるように設計されています」

「有事…というと」

「この国だと、自然災害の時の避難所や、復興施設も含まれますかね」

「ミデンの施設も、こちら側にあるんですか?」

「反対方向にあります。エオス関連のことがないと、こちらには寄らないです」

先生たちは、お互いを見ることも、こちらを振り返ることもないまま話す。

「エオスとミデンの関連性って意外と薄いんですね」

「いえ。そういうわけじゃないです。エオスと兼任のミデンもいますし。移籍もありますよ」

「なるほど」

「先生担当の小石麻実さんがそうですね」

「あぁ。彼女も…」

「エオス候補生たちの活動…大会や公認模擬戦の時は、補佐します」

「ルクスも、ルーメもですか?」

「はい。彼らは一番厳しいところに配属されるので」

「基本的に、彼らは何を練習するんです?」

「基礎的な体力作りから。古典的武器、各種武道、体術。最新鋭の武器の取り扱いですかね」

「さすが“血を流さない、理想的な軍隊”」

「はははは。どこからでたんでしょうね、そんな話」

「先生。血を流さない理想的な軍隊って、なんですか?」

「駒野さんは、ヘリオスの創設に関して、ちゃんと調べたことは?」

「あぁ…いえ。その…。ないです」

「そういうところは、必須科目程度でもいいので。ちゃんと知らないと視察の意味もないのでは?」

「すいません…」

「菊原さんの軍服は、なぜ純白だと思いますか?」

「えっと…きれいだし、カッコいいからですかね」

「―金色の刺繍の中の、7つの星や花などのモチーフの意味は?」

「有名な星座ですか?」

「―アリア・ヘリオスに所属するそれぞれの部門に込められた意味は?」

「…アリアっていうのしか…」

「はぁ…。アリア・ヘリオス。意味はヘリオスは太陽神の名。つまり、太陽の歌。

軍のエオスは、暁の女神の名。夜明けの歌。ルクスやルーメは、太陽や暁の灯りの意味です」

「なんか、ロマンチックですね」

「そう感じますか?面白いですね。ミデンはゼロを意味します。自分にないと思っていた可能性をみつけることができ、0からでもいつでも始められること。初心を忘れないこと」

「なるほど」

「7つのモチーフは、創設にかかわる7人の子供たちの象徴ですね」

「―そして。ルクスの正装が純白なのは、血や汚れが目立つように」

「あ…」

「深見先生」

「…」

シミのことを思い出して黙ってしまった。

最初に質問しておいて、最後にもってきたのは、それほど香織に強く印象を持たせたかったのだろう。

「深見先生は、歴史も調べてあるんですね」

「一応。生徒のこともあるので」

「…熱心ですね」

「からかわないでください」

先に行ってしまう先生たちの背中に、必死についていこうとする香織。

「駒野さん。今のを踏まえて“血を流さない理想的な軍隊”って、なんだと思います?」

「え?…えっと…―。すっごい、強い…怪我させないようにとか?白いから目立つし、隠せないですよね」

「…はぁ」

「えっと…」

「すみません、俺の方から説明するので、少し離れてついていきます」

「じゃあ、資料を転送しますので―」


先生たちより、ゆっくりと進んで説明をくわえる。

「佐山君はわかる?」

「一応、学校で習う範囲は、覚えてるかなくらい」

「結構常識だったりする…?」

「一応。必須項目だから」

「うーん…」

「歴史苦手なんだろ?それでいいとおもう」

「そうかなぁ…」

「さっき、先生が言ったように。7人の子供たちが切欠でできた組織なんだよ。正直、神話みたいな話だけど」

「神話…?」

「俺らよりも、ずっと幼い7人の子供のね」

「その子供たちって、やっぱり特別なの?」

「いや、そんな感じじゃなかったとおもう」

「そうなの?」

「命からがら逃げてて。リーダーになるルークスの元に集まって。彼らは戦争を―…大丈夫?」

「うん。大丈夫。私が、全然覚えてないことに呆れちゃっただけ」

「そこまで落ち込まなくても大丈夫だとおもう」

「授業でやってることなんだよね…?先生たちに、また頭の悪いイメージ与えちゃった…」

「香織は、サジットよりの中立だろ?先生たちは、当事者だから。あれくらいは知ってて当たり前なだけで」

「そうだけど…。もう生徒会長にもなるんだし、ダメな印象をなんとかしなきゃ…」

俺らがいることで気を散らせてしまっていたようだったし。

そこまで気にしてはいないだろう。

遠目で見ると先ほどよりも、さっきより積極的に会話をしているようだ。

さっきの菊姉のことも話してるんじゃないかなと思う。


資料を照らし合わせながら、複雑で大きい施設をすすんでいく。

練習場の重いドアを開けると同時に、銃声が響いた。

思わず耳をふさいで、投影端子を床へ落としてしまう。

機器が無事かどうかより、音の先に意識が向かう。

飛んでいく弾丸。落ちていく薬莢。

俺が思う程度の普通の動きでは、あのレーザーの間をすり抜けることは、できない。

練習とはいえ、気迫と勢いに恐怖を感じたが、自分の考えが甘かったことに気付く。

俺が無意識に思い浮かべていたのは、遊びや趣味の方で。菊姉はいずれ、本物のほうにいく。

それも、何人もの部下の命を預かる身だということも含めると。

これが普通なのだと思いなおした。

―ただ、その姿は、八つ当たりにもみえた。


「菊姉さーーん!!」

「聞こえないよ。俺たちもつけてるモニターとは別だから。えっと…イヤーマフ機能は…」

「話しかけれないの?」

「練習中だからね。あの機械を使えればいいんだけど…」

端子を拾い上げ、まずいと思ったが遅かった。

香織はスイッチをいれると、ハウリングをおこす。

菊姉の受信機では、それはもう脳の髄まではっきり聞こえただろう。

その瞬間、動きが止まり。素人にもわかる低スコアでブザーがなる。

香織は、ノイズを起こしたのが自分だとわからずに、ただ大きな音に驚いている。

「許可なく触ったらだめだよ」

「あ…」

気配と風。

「あー…えっと。許可をいただきありがとうございます!!偵察です!ご苦労様です!!」

めちゃくちゃ早口だ…。

「視察…のほうがいいんじゃないかな?」

「そっか!」

「佐山君。香織」

「ごめん!」

香織を腕ごと引き寄せ。一緒に頭を下げさせた。

「ここには危険なものもあるので…。勝手に触れないようにお願いします」

「ごめんね。でもあの機械で話しかけないと聞こえないんだよね?」

「それでも。待っててほしかった。一応、軍事施設だし」

「それは、解ってるよ?私は、大丈夫。さっきは…びっくりしたけど」

「はぁ…」

「あのさ。コーヒーかけちゃった服は…」

「この施設内のクリーニングにだした」

「えぇ…すっごく高そう…払えるかな?」

「無料」

「そうなんだー!!ほっとしたー!!」

「…先生と一緒に来なかったの?」

「途中で離れて、説明がてら、ゆっくりみることになって…」

「そう」

それでこんな事態を起こして…シャレにならない。

「練習…、邪魔しちゃったね。ごめん」

「安全な見学部屋があるから、そこで…」

「え?でも、せっかくだし近くで観ます!練習続けてくださいー!!」

「あのね」

「おっはようサンサンサーン!!!太陽まぶしいぜー!あ、全然室内だったわー…」

頭より、高いところから軽々と飛び越えていった声は、空気を一気に変えた。

「ん?見物がおるのうー?誰や。スパイか!?それとも…俺に告白か!?」

「馬鹿」

「招集後の疲れた体に染みわたる、適温ボイス。あざっす!!」

「…先に練習戻る…。部屋への誘導おねがい」

「お?わかった。あ!!さっきの右回転、足りへんかったで。しっかりなーー!」

「…すみません。岬先輩。菊姉にはあとでちゃんと、話します」

「ん、そうしとき」

ひょろりと背が高く。少し伸びたところだけを、無造作に結びあげただけの髪。

それが切れ長の目を、全体的にくっきりと整った顔立ちを一層引き立たせる。

「エース」と「狼の眼」という肩書き。

態度は飄々として。似非関西弁交じりに話す掴みにくい人だが、兄からすれば「とってもイイやつ」と紹介されている。


「岬さんー。おはようございますー!!次期会長として視察に来ましたー」

いつもの調子に戻って、そして言葉も修正して挨拶をした。

「おうおう、これはご足労なこって。悪いなー!!こっちバリバリ正装やから、びっくりしたやろ?かっこよすぎて」

「菊姉さんも、岬さんもすごく似合う!!」

「お疲れ様です」

「おん?その調子やと、菊姉に先越されたな!?はぁー!!くっそー!!佐山もご苦労さん」

「すみません。こんな忙しいときに」

「ええのええの!!ゆっくりしぃ!!」

「…はぁ」

「菊姉さん、機嫌悪いかな…?」

小声で問うと、やわらかく、にっこりと返した。

「なんかあったん?」

「今朝、コーヒーかけちゃって…。服汚しちゃって…」

「あぁ、それなら大丈夫やろ。気にせんでもええよ」

「本当?」

「招集でもあんなやったで。深夜から動いてたみたいやったし、朝飯まだなんやろ」

「よかったー。あとでなんか買ってあげよ!」

目線をあわせるようすこし屈み、子供にでも言うように付け足した。

「でもなー。ここの勝手に動かしたらあかんで?壊しでもしたら、高いからなー」

「あ…」


小さなランプがついていること、そして周りの空気をしっかりみての行動。それを伝える言葉の選び方。

この人は常に警戒と配慮の糸を張り巡らせて、数歩先の未来を見ている。

会議の光景を思い出す。

書類に目を通す菊姉の近く。周りはハラハラとしているのに対し。指をさして、笑いも交え提案をする。

時間が厳しい菊姉の代弁役や、頼まれれば、他部活に関してのことまで相談や話のまとめ役にまわる。

それはとても柔らかな言葉をつかい。反論する意欲を削がれることで、頼まれている姿を目にすることが多い。

できれば敵に回したくない人物と思う反面。こうも綺麗に生きれたらと、羨ましくもある。

岬先輩も別世界に住む人だ。

俺と違って、メイン通りを軽やかに進んでいく人なんだ。


「ごめんなさい。声が…届かなくて…」

「いや、分かればええの。最初だから仕方なし!じゃあ案内するな」

厳重なセキュリティのある扉をあける。

「この部屋には、通信機能もあって…。あれ?小峰はんおるやん。おはようございますー」

「おう。おはよう」

「大会のことですか?」

「いや、違うんだ」

「あー。さっき連絡くれたやつですな?」

「キミが、岬君か」

「はぁー…。あ、えっと菊姉の担任でしたっけ?えっとー…深見先生。初めまして 岬友章です」

「どうも」

「ってか、小峰はん、さっきの見とるだけやったん?」

「もうすぐ来るのは、わかってたので」

「かぁーー。相変わらずの、いけずやー。いややわー!!」

「それくらい信頼してるんですよ」

「はぁ…。まぁ、小峰はんは、射撃部にも慣れたみたいやねー」

「えぇ。そこそこ。コーヒーも御菓子も戴いてます」

「あ、佐山らもここ使ってな。使い方わかるか?」

「資料いただいているので、明記があれば」

「そんなら、書いてある通りにつかったらええよー。自分の練習もあるから。また」


岬先輩が練習をはじめても、向こう側の銃声は、一切聞こえてこない。

適当に飲み物を見繕い、ソファに座った。

やわらかく、手触りもいいのに、引っかかりをおぼえる。

資料をよみなおして、書いてある通りにいじると。個人スコアがでてきた。

「すっごい、びっしり書いてあるね」

「あぁ…」

「身長。体重。手の長さ。指の長さ…?平均スコアに…。頭脳スコア?志向。思想的…?項目すごく多くない?これってなに?」

「どうりで」

立派な机に目を配り、色合いやソファの心地を再度確かめ、引っ掛かりの理由がわかり、すぐに立ち上がった。

「偉い人が座る椅子だ…」

香織はどうして立つのかと不思議そうにしていたが…。理解してこそなお。座り続けるほどの肝は持ち合わせていない。

先生たちも、なにか話し合っているが、こんなところで聞き耳をたてる勇気はない。

平然としてられるなんて俺とは、やはり何もかもが違う。

「佐山君」

静かに香織が口を開く。

「ん?」

「別世界だよね」

「…あぁ、そうだね」

珍しく香織らしくない事をいうので、少し驚いた。

「大人だなー…」

香織の顔がどこか寂しそうにみえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る