40話 ヨリコに憑かれた日
ヨリコが弱い悪霊ではないことは、最初に出会ったときにすぐに分かったことだった。
刑事と話をしていた時に現れた時も、その強さは伊上でも計り切れなかった。
人を斬る鋏の使い方は躊躇いなど一切なく、幕生の話からも他の思念を圧倒する彼に深手を負わせるほどの戦闘力を持ち、そして能力が上がる【凶悪化】もしている。
見た目は綺麗だが残念系の彼女は、まだまだ伊上の前では本気を出していないことは明白だった。
「ヨリコと初めて遭ったのは…割と最近だな。春休みの終わりの頃だったかな。チャリで行ける途世川ってあるだろ。ランニングロードとかテニスコートが設けられてる所。その日天気が良かったから、何となくチャリで途世川に日向ぼっこしに行ったんだ」
「…植志田君が自転車に乗ってまで日向ぼっこに?随分珍しいことするのね」
植志田は休日アニメ漬けの男で、出不精だと知っていた伊上は彼が日向ぼっこのために自転車で二十分はかかる途世川まで行くのが意外すぎた。
「俺だって春を感じたり、日に当たりたいときくらいあるのよ。あそこまで行けば学校の連中もいないし、あそこにも秘密のスポットあるんだわ」
植志田は人があまり来ない穴場スポットマニアでもある。よくこんなところを見つけるな、という場所…例えば大きい桜の木の場所だとか、釣りのスポット、旧校舎のなかでも特に人が訪れない場所などなど、彼は隙間を見つけるのが上手い。
「んで、途世川のスポットに行ったらさ、誰も来ない場所のはずなのにヨリコがバカでかい血まみれのあの鋏持って突っ立って川見てたんだよ。真昼が終わって、日が暮れ始める時だったな…」
「…それって、何日だったか正確に覚えてる?」
【血まみれの鋏】という言葉で、なにか思い当たる事件があったような気がする。
「三月二十日…だったかな。あ…」
日付を思い出して、植志田も一つ思い当たる事件に気づいたようだ。
「多分、あの日の朝に遭った犯人所在不明の斬りつけ通り魔。ヨリコさんだったんじゃないかな」
「犯人が<セーラー服>を着てたってことしか分からなかったあの事件だよな…てことはその後に俺はヨリコと遭ったんか…」
少し植志田は寒気を覚えたようにブルッと一回震えた。
「で、そんなヨリコさんとなんでまた」
「いや、俺普通に怖かったし、降りかけたチャリ乗りなおして帰ろうと思ったんだ。
そう、思ったんだよ。でもさ」
「でも?」
「ヨリコの横顔が凄く哀しそうで…夕暮れ近くってのもあって…すんごい綺麗だったんだよ。いつもならドンびいて真っ先に逃げるはずなのに、気が付いたら逃げろ!っていう意識関係なく側に行ってたんだよ」
「普通そんな殺人しました!みたいな人に近づかないもんねえ…」
「そして俺、心の中ではやばいと思ってずっと身体にブレーキかけようとしてたんだけど、口が勝手に動いてた。『どうしたんですか』って
…普通、そんな言葉はそのタイミングで出ないのが分かる。
「そしたらヨリコがゆっくり振り向いて、【ウチが視えるの…?】って」
その時のヨリコの顔は、植志田にとって忘れられない表情だった。
『やっと誰かに見つけてもらえた』喜びと、何かに対する悲しみが両方いて、彼女の目には次第に涙が溜まっていったからだ。
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