閑話③ 硬直するよね、そりゃ。(羞恥)

「え、あの、その、えっと…」


やってしまった、と伊上も硬直していたが、男子学生も見られてしまった!と頭が真っ白になっているのが見え見えに硬直している。


お互い、アニメの決め台詞のポーズをとったままという、なんともシュールで居たたまれない光景で。


頭が真っ白なのはお互い様なのだが、居たたまれなさ過ぎて動くに動けない。

なんて言いだそうと口をもごもごさせる。


「…伊上、境子だっけ。アンタ」


何かを諦めたように、男子生徒は腰につけていた成人用の変身ベルトをカチャカチャと外して伊上の名前を呟いた。


「確か、あなたはうえ…うえだ…」


「植志田通史、だ。『うえだ』ってアンタ、うろ覚えすぎだろ…」

クラスメイトに興味がなさ過ぎて名前がうろ覚え状態の伊上に、植志田は呆れ顔で突っ込んだ。

ひょろひょろもやしのような高身長…190cmを超えているだろうか。

年頃の筋肉など全く感じられず、身長があるはずなのに着用している学生服の身幅が悲しいほど合っていない。特に腹回りと太もも部分が明らかにブカブカだ。

髪は染めておらず、比較的短髪だが本人なりのおしゃれ?なのか、慣れないワックスを付けて無造作ヘアーにしている。

…本当に、寝癖並の無造作だ。


「今、授業時間だよな。アンタは授業サボるタイプじゃないのに、なんでまたこんなとこほっつき歩いてるんだよ?」


先ほどの行為をひた隠しにするように、つっけんどんに植志田が無駄にニヒルぶった口調で尋ねてくる。

「…さぼりたくなる時があったっていいじゃない。あのクラスのお猿さんたちの喧しさ、知ってるでしょ」

伊上も突撃してしまったことへの羞恥心を隠すように、いつもよりも背に吹雪を纏わせているように冷たくつぶやいた。


「「…牙王戦士のファンなの…??」」


また二人の言葉のタイミングが被る。


「…プッ」

「フフッ」


「あー、やめだやめだ!もうこの間の悪さ、めんどくせえ!」


植志田は噴出した後、アッハッハと豪快に笑って顔を片手で押さえた。

笑いすぎて目元に涙が出ている。

正直、伊上から見た植志田がそんなに豪快に笑ったり、表情を変えるとは思わなくて意表を突かれた。


植志田はその貧弱な体と、オタクであることを周囲にからかわれてかなり陰湿ないじめを受けていた。


教科書や上履きを隠されることは日常茶飯事で、推しのグッズを目の前で燃やされたり、大切な押しグッズを持っているときに冷水をかけられびしゃびしゃに濡らされたり。

クラスメイトが揃っているタイミングで謂れもない揶揄大会を食らったり。


教師に頼まれて物品庫に物をしまうタイミングで外からカギをかけられ閉じ込められていたこともあった。

そんな状態でも教師は助けるどころか「すっとろい」「気持ち悪いオタク」と逆に蔑んだ眼を隠さず罵倒してきたのを何回も通りすがりで見たことがある。


いつしか植志田は教室に姿を見せなくなり、不登校になったと思っていた。


「伊上もさ、特撮とかアニメ好きなんだろなとは思ってたけど。牙王伝説のあのセリフで飛び込んでくるとは思わなかったわ」

目元の笑い涙を拭いた後、植志田は床にペタッとしゃがんで『座れよ』と誘って伊上に話しかけてきた。

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