閑話① 植志田との出会いを振り返る

その日、伊上は周りの喧騒から離れる為に授業を一コマふけようと思い立った。

それは伊上にとって、ある種思い切った思考だった。

授業をサボるという概念すら伊上の中には当時存在せず、ただ淡々と参考書や赤本で見覚えのある数式やらを頭を使わず復習しているだけだったのだが、それは学生としての本分として当たり前の行為だと思っていた。

周囲に興味はないが、欠席以外全員がそろうはずの授業で必ず三、四人が授業に出ず、昼食の時間や出たい授業にだけ戻って来るのは知っている。

授業中も猿のように騒ぎ、妨害する奴らなのだからいない方がいいのだが、その授業に出ないという行為を普通に取れることがあるとき少し心に引っ掛かったのだ。


(数学かったりーな)

(ハゲ先はねちっこいしな。飛んじゃおうぜ。)

(お、したらいつもの場所でバスケでもすっか)


数学のハゲ先。教科書通りの説明しかせず、無駄に絡んでくる評判の悪い中堅教師だ。多少ヤンチャな男子グループはどこかサボりスポットがあるようだ。

ハゲ先の授業はサボる実験をするのにうってつけかもしれないと、伊上の凪のような心が少し悪だくみをする。


(…どうせ、五月蝿いしね。やたら問題を当ててきて、解けないだろう?ってどや顔をするんだから)


伊上は時間つぶしに持ってきている二次創作の小説と、シャープペンシルを一本持って残り少ない休み時間の間に教室を抜け出した。


教室を出たはいいものの、行き場の当てはない。

なるべく教師の目が届かず、静かな所。落ち着けるような空間であれば尚いい。

だが今いる校舎は大抵教師や生徒の目が必ずあるような場所だ。さて、どうしたものか。


(旧校舎…がいいかも。鍵の抜け道はクラスで耳に挟んだし)


旧校舎。新校舎が立てられてからは老朽化の懸念もあり、今は通路を施錠されて入ることが出来なくなっている。

新校舎も建てられて30年は経つ。何故新というのかは正直分からない、現校舎でいいと思うのだが、教師は口酸っぱく新校舎と云う。

古い学校舎ということもあり、七不思議どころか五十不思議くらいは怪談が残っているとも言われていたようだ。


伊上は抜け道と聞いた小体育館の側に在るアルミサッシのドアノブを八回左右に回す。

それ以外の回し方では、どういう訳かドアは開かないらしい。


カチャン。と錆びた鍵の仕掛けが開く音がした。


ギギイという擦れた音を超えて、伊上は旧校舎に足を踏み入れる。

空気の通りがあまり良くない新校舎とはうって変わって、昔ながらの…昭和の祖母の家を彷彿させるような独特の香りと共に、校舎の中は驚くほど風通しが良く、風が吹く度に木造の校舎が嬉しそうに息をしているようだった。

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