37-②話 ヨリコと幕生の因縁
『僕も、ヨリコに一度殺されてるけどね』と幕生はその内に宿している黒い靄を目に纏わせたように闇を含めた表情をしていた。
「最初は、ヨリコ自身が行動に悪意をこめるタイプの霊ではなかったんだ。
ただ、生前孤独だったせいか人に執着する傾向が強くて。
霊になった時点でその感情が裏返り、結果的に最初から強力な霊体になってしまったのが、ヨリコ。
霊感を少ししか持たない人間でも、ヨリコは視認できるくらいの質量を持っている」
「霊感が弱い人でも視認できるって、そんなにすごい…の?」
「”普通”の思念や霊は、そもそも人にはその姿を捉えることはできないよ?人に”居る”ことに気づいてもらうのに心霊現象を起こすのが精いっぱい。気を引いて側に現れても、姿を見てもらうことができない。無念だとか、心残り、恨みが強くあっても姿が見えるとは限らないし」
一般的な人ならば、図書館に現れたユウキの母だった異形ですら、なにやら空気が澱んだ、程度にしか認識されないと幕生は言う。
「霊としての質量が桁違いだったヨリコは、パニックに陥った時に力の制御ができなかった。でも、街をうろついていれば、生前の知り合いにも遭うでしょう?死んだはずのヨリコが、普通に街をうろついて近づいてくるんだ。生者からすれば、恐怖でしかない。心無い言葉を浴びせられて、悲鳴をあげられて。ヨリコが手を伸ばしても、もう生者にはその真意は届かない。…ヨリコの感情が悲しみに沈みきった時、その質量が負の心に反応して、多くの人が結果的に惨殺される事態になってしまった」
ヨリコが意図せずとも周りに酷く鋭利な見えぬ刃が無数に生成されて、周囲にいた生徒三十五人を切り刻んで血の海に沈めたのだ。
「その時に生き残った子が、死に物狂いでヨリコに掴みかかって、彼女を強い恨みを込めて<刺殺した>。人を殺したことで、その痛みからくる絶望や怒り、生が終わる力を吸収したヨリコは、当初の人格も変質してしまった。ヨリコは溢れる力をあの巨大な鋏に変えて、それで人を殺すようになったんだ。…悪霊化、だね」
そして、ヨリコはその意志で人間をまた殺していく。
見えないものには不可解な事件、見える者にはこの街に巣食う殺人鬼と言われ、ヨリコは悪霊として力を増していくという負のループにはまり込んでいた。
「僕もさすがにまずいと思ってね。凶悪化したヨリコにある時戦いを挑んだ」
「え?でも殺すことが解決にならないって…」
「僕もその時は知らなかったんだ。霊体に殺されれば、凶悪化はしないと思っていたよ。大きな間違いだったけど」
「そして、その戦いの結果は…?」
「凶悪化を舐めてたよ。ほぼ、相打ちに近かった。ヨリコをなんとか斬り殺せたけど、僕の傷も深くて。だんじょんに戻った時に、僕の霊体も一度崩れた。大抵は塒にしているだんじょんに帰れば体は回復するはずなんだけど、ヨリコの攻撃は霊体・思念体ですらも蝕む」
今もきっと…と幕生は小さく付け加えた。
「僕もヨリコとの戦闘で一度消えたことで、凶悪化してしまって…昔のこと、殆ど覚えていないんだ。ヨリコも、本来の魂は更に薄れてしまって復活した」
でもね、と幕生は少しフッと力を抜いた。
「僕もあいつも、遇えたんだ」
「遇えた…?」
おーい…おーい…!
「あ、来たよ。ヨリコが憑いてるやつ」
幕生は黒い傘で、坂の上から走ってくる人を指した。
もやしのようにひょろひょろと痩せている男。
植志田だった。
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