35話③ 信頼に植志田は気づかない
(これだからよく分からねえんだよな、ヨリコって
網戸から入り込んだ風が、窓際でアンニュイな表情をしたヨリコの白金髪を撫でてフワッとその髪を持ち上げた。
キャピキャピとしていて正直植志田のタイプとは正反対の彼女だが、メイクも同じ系統の女子生徒たちのようにガチガチに塗っているわけではなく、あくまでも自然なものになっているヨリコは、時折恐ろしく整った顔立ちに見える。
いや、元々不細工ではないことも分かっているのだが。
一枚の油絵にしてもいいくらいのベストポーズを取るのだ。
普段の態度こそ軽薄で、人を殺すことになんの躊躇もなく、それでいて気分屋。
そんな彼女が、決して男前とは言えない植志田を何故か気に入って付きまとうのも解せない。
「ヨリコ…?」
敢えて明確な言葉にはしない。
意外な人が、孤独だったりするのだから。
表情には戸惑いが洩れていたのだろう、ヨリコはクルッと植志田の顔を見て少し哀しげに笑った。彼女のチャームポイントでもある、左上の八重歯が見える。
【つーちゃんは、優しいよねー。突っ込んできたり、茶化したりゼッタイしないんだもん】
重力など全くかかっていないように、フワリとヨリコは宙に浮きゆっくり植志田の背に抱きついた。
愛?妬み?怒り?先ほどまでの会話から思わずその三択を思いつくが、ヨリコの腕からはその類は感じ取れなかった。
その腕は人のぬくもりはなく、多少の質感を持った空気の塊が肩にのしかかったようだ。
「どうしたんだよ、ヨリコ」
【そのキョウコって人に会いに行くとき、憑いていったら…つーちゃんは怒る?】
いつになく、ヨリコはいじらしい。
「怒りはしないけど…ヨリコが気にしているやつに遭ったらやばくないか?俺じゃなくてお前が」
植志田は先ほどの気配を放った存在が、ヨリコと何かしらの関係を持つ存在であることは勘づいている。
今度は植志田が少し申し訳なさそうに、頬をカリカリと掻いた。
「さっきも言った通り、俺があんだけ驚いた気配はヨリコにも向けられてたんだよ。
そしてそいつは多分、ずっと境子の側にいる」
【…】
「それでも、一緒に行くなら止めはしないけどな」
【…つーちゃんて、本当に優しいな】
いつもは意味不明なギャル語で話しかけてくるヨリコが、ポツリと呟いたその言葉は
【行ってきていーよ!信頼してる。それに、ウチとつーちゃんは以心伝心、だし!】
「お。おう…(やけに素直だな…いつもなら、許してくれないのに)」
立ち上がろうと強く手をついた植志田の肩をキュッと抱きしめて、小さくヨリコは
”ありがと”と聞こえないように呟いた。
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